第42話 「お見舞い来るそうです」
「ごほっ!ごへっ!ごふっ!!」
───朝起きたら、風邪をひいていた。
体がだるくてベッドから起き上がれない。喉も痛いし、寒気もする。
久しぶりに風邪を引いたが、風邪って……こんなに辛いもんだったっけ?
ピピピピッ!と体温計の計測終了を合図する音が鳴り、そばにいた姉が体温計を俺の脇から取って確認した。
「あれま、38度7分。これは結構重症だねぇ」
「まじかよ……ごふっ」
「昨日雨ん中傘もささずに帰ってきたからだね。完全に。ナオ、折り畳み傘持ってってなかったけ?」
「あー、どっかで落としてたみたいで……」
姉は、俺がはったりを言っていることを、俺の視線の動きで見破った。
「なるほど、かっこつけて女の子に渡した、と。いいねー、青春してるねぇ、ナオ」
「べ、別にかっこつけてとかじゃねえし!……へ、へ、へぶしゅ!!!」
少し興奮して、ベッドから無理やり体を起こした。
「ちょっと、無理に起きないほうがいいってば」
くそっ、もっと反抗したいところだが、体が思うように動かない。
まあ、今日が土曜日で良かった。ゆっくり休めば明日には回復するだろう。
この風邪は、昨日俺が工藤先輩をエロい目で見た見返り。罰なのだ。
戒めとして、この辛さをしっかり覚えておこう。
にしても、まじでキツいな、これ。
部屋から出れそうにない。
「ちさ姉、今日だけ、家事とか頼んでいいか?……ごほっ!」
普段は漫画しか描いてないポンコツ姉だが、やむを得ない。
こんなありさまじゃ、まともに飯を作ることも出来ない。
「私に家事ができるとでも?」
堂々と言うことじゃねえよ。
「ああ、家事って言っても、コンビニでなんか適当に買ってきてくれればいいから」
「それならできる!……と、言いたいとこなんだけどねぇ」
急に決まりの悪い顔をする姉。
「何かあるのか?」
「今日出版社で会議があるの。それでもうあと5分ぐらいしたら行かないとなのよ。それに、今日は多分夜まで帰って来れないかも」
仕事関係に関してはよく知らないが、それは多分、絶対に出席しないといけないものなのだろう。
「ならいいや。仕事の方が大事だろ」
「でも、ねぇ……ナオを1人には出来ないし」
いつもは散々顎で使ってる癖して、急に姉っぽいこと言いやがって。
確かに、俺1人この家に取り残されたら割と本気で危ない。
「じゃあ、和希に来てもらうわ」
俺は携帯の電源をつけ、和希に電話をかけた。
(どうしたナオ?こんな朝早くに)
「ゴメンだけどちょっと俺の家来てくんないか?風邪引いちまって、色々買ってきて欲しいんだけど」
(あー、悪い。今日これから陸上の試合なんよ)
「なら仕方ないか……わかった。頑張れよ。……ごほっ、げほっ!!」
(おいおい、まじで大丈夫か?)
「あ、ああ、なんとかな。それじゃ、朝からすまんか
ったな」
それを最後に和希との電話を切った。
「カズくんだめだって?」
「ああ、試合なんだとよ。ごほっ!!」
これは本格的にやばいな。和希がアウトとなると、もう手がない。
「そっかぁ……あ、まだいるじゃない。3人ぐらい」
「は?3人?」
「ほーらぁ、ナオが言ってた女の子だって」
そういえば、あの3人のことちさ姉に話してたんだった。
しかし、
「いいって。迷惑かけたくないし」
もし風邪を移してしまったらと思うと、来てもらう訳にはいかない。
そもそも、まず俺のためにわざわざここまで来るとは思えない。
「えー?あったは絶対迷惑なんて思わないって。ほーら携帯貸して!私がやったげる!」
俺はなすすべなく、姉が俺のスマホで電話をかけているのを見ていることしか出来なかった。
「あ、もしもし?春川彩乃さん?うん、私ナオの姉の千咲って言うんだけどぉ、午前中だけお世話してあげてくれないかなぁって。……うん、ありがとう。それじゃあ家の裏口開けとくから、お願いねー」
そして姉は1度電話を切った。
「春川彩乃さん?だっけ。来てくれるってさ。なんかめっちゃ嬉しそうだったよ」
……まじかよ。
姉の一方的な発言を聞いてなんとなく理解していたが、まさか本当に来てくれるとは。
てか、何故午前中だけって言ったんだ?
「えーっと、じゃあ次は……この工藤沙耶香って人いってみよー!」
「ま、まっ……ごぼっ!!」
くそっ、辛くなかったらはっ倒してるとこなのに!
この姉、絶対楽しんでるだろ。
「あ、もしもーし、私、ナオの姉の、千咲ちゃんだよー。かくかくしかじかで……うん、じゃあお昼ごろに来てねー」
次はお昼頃とか言ってるし、まじで何考えてんだ。
くそっ、辛すぎてなんも考えられねえ……。
「じゃあ最後は……逢坂雅ちゃんねー」
また1度電話を切り、そして再びコール音が鳴り響く。
「あ、もしもーし。ナオのお姉様の千咲でーす。ちょっとぉ、ナオが風邪ひいちゃってー。………うん、だから夕方頃に来て欲しいんだけどー。私が帰ってくるまでお世話したげてよ。裏口開けとくから。それじゃあよろしくねー」
おおかた予想はしていたが、次は夕方と来た。
一体何のつもりなんだ。
「みーんな来てくれるってさー。良かったねー、モテ男?」
「べ、別にそんなんじゃ……げほっ!、それに、来るなら1人だけで良かったし……なんで、別々の時間帯にしてたんだよ……ごふっ!!」
そうだ。別に1人来てくれれば良かった。ちょっとだけ来て、必要な物買ってきてもらって、すぐに帰ってもらえばいいだけだったのに。
俺がそう聞くと、姉は腹が立つようなにやけ顔を浮かべた。
「えー、そりゃだってー、そっちの方が面白いじゃん!」
………くそっ、風邪治ったら絶対殴る。そして1週間飯を作らない。
「よーし、それじゃあ後は彼女達に任せよう!私はもう行くから。じゃーあねー!!」
最後までニヤッとしながら姉は俺の部屋を出ていった。
俺はベッドから無理に起き上がるも、追いかけることなど到底できる体ではなかった。
だっ、だっ、だっ、と階段を一気に降りながら、「やっふぅー!」とか言っていた。
いつもなら、外に出る時は「だるいー」とか「行きたくなーい」とか言ってるくせに……どんだけこの状況楽しんでんだよ。
あー、もうダメだ。頭がくらくらする。
視界もぼやけてきた。
確か、午前中は彩乃が来てくれるんだだっけか。
まあ、来てくれるというのはありがたいことだ。
今はとりあえず、軽く睡眠をとるしかないか。
そして俺は、布団で首から下を覆い、浅い眠りについた。
───30分ほどして、瞼を閉じたまま意識が戻った。
ん?何か……人の気配を感じる。
俺の目の前に誰かがいるようだ。
……え?俺今、布団の中のはずなんだが、どうして気配を感じるんだ!?
なんか……嫌な予感がする。
俺は恐る恐る瞼を開いた。
「あ、おはようございます。せんぱい」
俺の布団の中で、お互いの鼻先が当たりそうな距離まで顔を近づけていたのは、春川彩乃だった。
「……う、うわぁあああ!!!」




