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第41話 「雨 後編」



学校を出てすぐに気づいた。


………これは、思ったよりやばい。


雨で嗅覚が鈍るはずなのに、工藤先輩からいい香りだ漂ってくる。


てか、マジで近すぎだ。肩当たりそう。


あかん、これはあかん。


少しでも距離をとらないと、俺の理性が持たない。


が、彼女はすぐに気づいてしまった。


「ちょ、直之くん!肩がっ」


「あ、いや、肩ぐらい濡れたってどうってことないですから」


「そんな、私が傘に入れてもらっているのに……」


「だ、大丈夫ですってまじで」



俺が少しだけ傘を彼女の方に寄せ、自身の肩を雨に晒した。


彼女の肩に触れるのと、自分の肩が濡れるのでは、精神的負担に圧倒的な差がある。


頼むからこのままにしておいてくれ。


だが、そんな願いは叶わず、工藤先輩は何か意を決したような表情をする。


「……直之くん、ごめんなさいっ!」


「うぉっ!?」


そう言いながら、彼女はギリギリまで俺の方に体を寄せてきた。


彼女の柔らかい感触が、俺の神経をダイレクトに攻撃した。


そして腕には、何かふんわりとした感触が……。


ちょいちょいちょい!!それはまじであかんですって!!


「ちょ、工藤先輩っ!?」


「……今回だけ、その、許して」


「え、何を、ですか?」


何に対して彼女が許しを得ようとしてきたのかわからなかった。


「直之くんに、くっつくのを……許してちょうだい。もう、あんなことは絶対にしないから」


そう言われてようやくわかった。


あんなこと────それはおそらく、工藤先輩が暴走してしまった時のことだろう。


そういえば、あの時から工藤先輩はほとんど俺に触れてこなかった。


むしろ、一定の距離を保っていたようにも見えた。


あの時のことを、ずっと気にしていたのか。


こういう所は流石の生徒会長って感じがする。忠実な性格だ。


「べ、別に、度が過ぎなければ、全然平気ですから」


「そ、そうなの……?」


彩乃はべたべた引っ付いてくるから、ある程度は慣れたし。まあ理性をギリギリ保つ程度にだけど。


「別にちょっと触れるぐらいなんでもないですって」


「そ、それなら……良かったわ」


まあ、この状況は正直ちょっとやそっとって話じゃないけどな。


だって完全密着だもん。まじで精神的に辛い。


雨に濡れなくはなったが、代わりに大量に汗が制服をびしょびしょにしそうだ。


なんとか意識しないように、降ってくる雨粒を目で追いながら、駅までの道のりをやり過ごした。



───少し上を見上げながら歩く直之を、彼女は顔を赤くしながら見つめていた。


(直之くん……やっぱり優しい……)


さりげなく見せる優しさに心動かされるのは、きっと沙耶香だけではないだろう。


(逢坂さんや春川さんもきっと……私と同じ気持ち、なんだろうなぁ)




────駅に着き、電車に乗り込んだ。


傘を閉じて、俺は一息つく。


ふぅ、今回はなんとか耐えたぞ。よくやった、俺。


あの密着度でよく我慢した自分に賛辞をおくる。


が、落ち着けたのも束の間。すぐに衝撃の光景が目に映る。


傘をさしてはいたものの、少しは雨にあたるのは仕方がない。


そして工藤先輩も、雨に濡れた髪の毛の先の方をタオルで拭いている。


制服も少し湿っており、若干中が透けて見えた。


……うわ、なんかエロい……。


水に濡れた女性にどこか艶めかしさを感じるのは男の性というものだ。


それもこんな美少女の濡れ姿……やばい。


無意識に彼女の体を……特に胸の辺りを見てしまう。


仕方ないじゃない。男の子だもの。


「……どうしたの?直之くん」


「あ、いや。なんでも……っ」


我に返った俺はすぐに視線を逸らす。


俺の言動に疑念を持ったのか、彼女は自身の首から下を見た。


「な、直之くん、もしかして……」


俺がさっきまで何を見ていたのか完全にバレてしまった。


「す、すみません!わざとじゃなかったんです!!まじで!!」


ラッキースケベの発生後、主人公がするテンプレな言い訳をしながら謝る。


くそっ、自分で言っておきながら、俺が工藤先輩をエロい目で見てしまった。


申し訳なさすぎる。


「直之くん……やっぱり、こういうのに興味あるんだね……」


透けた制服を手で隠しながらそんな事を言ってくる。


「そ、それは……興味は、あります」


「そ、そう……」


「あ、でも、絶対に情に流されたりなんかしませんから!それは信じてください!」


どれだけ魅力的でも、妖艶でも、俺は絶対に感情に流されて手を出したりはしない。


そんなことをしてしまえば、本物のクズになってしまう。


「……私も、もう絶対に感情に流されて我を失ったりはしないわ。それだけは絶対に……」


やっぱり、この人は真面目なんだな。


あの時は暴走してしまったが、今は自分で自分の制御が出来ている。


本当に、尊敬できる先輩だ。


「凄いです。工藤先輩は」


「え?どうしたの、急に」


「ちゃんと自分を律しているところがです。俺は口ではなんとでも言えますが、結局全然ダメです。今だって、無意識に先輩の、その……体見ちゃってましたし」


結局俺は1人の男なんだ。目の前に魅力的な女性がいたら、恋愛感情抜きで見入ってしまう。


自制心が弱いんだ。


「私は……直之くんが望むなら、その……ちょっとエッチなことも、できるわ」


「なっ……!?」


『俺が望むなら』……そんなこと言われたら、まじで頭がおかしくなる。


彩乃も大概だが、3人の中で1番色気を感じるのは、ダントツで工藤先輩だ。


「だ、だからそんなことしませんって!!」


無理だ。これ以上意識したら、色々と危ない。


俺は窓の外に視線を向け、意識を逸らそうとする。


と、そんな時。


「あの、直之くん。お願いがあるんだけど……」


「え、お願い……」


おいおい、この状況でお願いって……まさかっ!?


「えっと。そろそろ、その、私のことも名前で呼んで欲しい……な」


あ……なんだ、名前か。


ほんのちょびっとだけ、いやらしい妄想をしてしまった自分を殴りたい。


「あ、そう、ですね。じゃ、じゃあ……さ、沙耶香、先輩」


「う、うん……」


お互いに顔を林檎のように赤くしながら恥ずかしさのあまり顔を沈める。


と、そんな時、俺が降りる駅に到着した。


この微妙な空気から逃げるのにベストタイミングだった。


「あ、じゃあ俺はここで降りますね!傘は先輩が使ってください。それじゃあまた!」


俺は傘を彼女に渡し、手を振りながら駆け足で電車を降りた。


「あ、ちょっと!直之くん!!」


彼女が呼び止めようとした頃には、俺は街道に出ていた。


くぅっ、雨冷てえっ。


だが、蒸しあがった頭を冷やすのにはちょうどいい。


強まり続ける雨を直に受けながら、俺はダッシュで自宅に帰った。



───次の日の土曜、直之が風邪を引いたのは言うまでもない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 果たして、主人公は自分に勝てるのだろうか? 見てる分には面白いですけどね〜!
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