第37話 「因縁 そしてほっぺに…… 後編」
「さっきから聞いてれば、調子乗ってるだの、地味だのって、お前何様だよ」
「は?何言ってんの?」
「俺は忘れてたけどさ……彩乃が必死に努力して、今の彩乃に変われたっていうのはわかるんだよ」
怒りのせいで、自分が何を言っているのかも正確に理解できなかった。
「うわ、なんか言い出したんですけどー。つーかキモイよあんた。あんたもめっちゃ調子乗ってるね」
「調子乗ってんのはどっちだよ、そんなチャラいのがいいとでも思ってんの?そっちの方が調子乗ってんじゃんか」
俺って、こんなこと言うやつだったっけ。
今まで平穏にひっそりと、誰にも迷惑かけずに過ごしてきた。
けど、俺は今……。
「うっわ、キッモ!あんたみたいな陰キャが言うと更にダサいし」
「そうだよ。俺はダサくて、キモくて、地味な奴だ。でもな……彩乃はそんなんじゃないんだよ!!」
俺は今……青春してる。かも?
「彩乃は俺と違って、ちゃんと努力して変わったんだ。俺もそうだけどよ、何も知らない奴が、彩乃のことをどうこう言う資格はねえんだよ!!」
俺は高校に入ってから1番の大きな声でそう叫んだ。
「せん、ぱい……」
それを聞いていた周りの人々も、少しずつ囲むように集まってきた。
女は少し焦っているように見える。
「う、うわ。何マジんなっちゃってんの!ガチで引くわ。自分で地味とか言っちゃってるし。キモすぎ」
まだ食い下がってくるのか。ならば……。
そして俺は、1つの戦略を思いついた。
俺はゆっくりとメガネを外しながらこう言った。
「それにな……彩乃で遊んでんのは、俺の方なんだよ!!」
はは……何言ってんだ、俺。
そんなとんでも発言に女は少し後ずさった。
「は、はあ?あんた、何言って……」
「彩乃だけじゃない!俺は他に何人も同時に相手してる。女遊びしてんのは俺だ!!どうだ、思い知ったか!!」
あ、俺……終わったわ。
しかし、効果は敵面だった。
「うわ、まじでキモすぎ。春川さん本当に男選ぶ目無さすぎ。そいつは流石にやめた方がいいわ。もういこいこ」
最後にそんなことを吐き捨てながら、クソ女御一行様は俺達の前から去っていった。
……勝った。
代わりに、色んなものを失った。
あーあ、俺、完全に終了だわ。
彩乃も引いただろうな。
そうと思って、彩乃が俺に幻滅する顔を見ようと、彼女の方を向いた。
と、その時。
「せんぱいっ!!」
彩乃は涙声になりながら俺に抱きついてくる。
「うぉっ!?どうした!?」
「私、私……あの子の言った通り、ちっとも変われてなかったっ。ずっと怯えて、なんにも言い返せなくて、ただせんぱいの後ろに隠れてることしかできなかったっ」
幾筋もの涙を流しながら、彼女はそんなことを言う。
「私は臆病で、地味なままだった。変わった私を見てくださいとか言っといて、こんな有様で……私……っ」
違う。それは違う。
俺は彩乃の頭を優しく撫でた。
「いや、彩乃はちゃんと変われてるって。だって、俺はこれまでちゃんとお前を見てたから」
だからあいつらが許せなかった。
今の彩乃を見もしなかったあいつらがムカついて仕方がなかった。
「つい最近だけどさ、俺は彩乃がちゃんと変わったんだなってわかったからさ。だからもう泣くなって」
「せんぱいっ……」
「てか俺の方がすまんかった」
「……え?」
「彩乃が遊びだとか言っちまってさ。俺もちょっとおかしくなってたんだと思う」
例えあの場での最善の手段だったとしても、また無責任な発言をして、彼女を不快にさせてしまったかもしれない。
「あはは、俺まじでダサかったよな。てかまじでキモかったわ。和希には内緒にしといてくれよ」
あいつに知られたら、どんだけからかわれるか分かったもんじゃない。
彩乃は涙を止めることはなかったが、その小さな口には、ひまわりのような笑みが浮かんでいた。
「そんなこと、ないです!それに、せんぱいなら私、遊ばれてもいいです!」
「いやいや、それはあかんでしょ。冗談だよな?」
「いいえ!本気でそう思っちゃいました」
それは流石にまずいから。
そんなことになったら本気で俺がクズ認定されてしまう。
「ま、まあとにかくだ。こんなとこで道草食ってる暇はない。早く焼きそばと春巻き買って戻るぞ」
さっきの恥ずかしさが消えない。早く体を動かして気を紛らわせないと。
そう思い、俺はどっちの方向かもわからない焼きそば屋に向かって歩き出した。
と、その時。
「あ、せんぱいっ!!」
「え……」
そう言いながら彩乃は俺の耳元に顔を近づけた。
「せんぱい、さっきはありがとうございます。……大好きです」
耳元でそんな甘い声で囁かれ、俺はぞわっとした。
「えっ、急に何言って……」
瞬間、俺の頬に柔らかくてほんのり温かい感触を感じた。
彩乃が俺の頬に自身の唇をくっつけていたのだ。
これって……これって。
俺はキスされた右頬を手で押さえる。
「おま……何やって……」
「いつものアピールですよ!あ、これ工藤先輩には秘密ですよ。また怒られちゃいますからね」
彼女は顔を少し赤くしながらも、満面の笑みを浮かべ続ける。
……くそっ。だから可愛すぎんだっての。
まあ、いつもの調子に戻ったみたいでひとまずは安心だな。
「よーし、早く買って戻りましょー!」
「お、おー」
……ちょっと調子良すぎだとは思ったが、今回は何も言わなかった。




