第29話 「3人の噂」
とある日の昼休み───俺は大きく溜息をつく。
「はぁ……」
あの時から、工藤先輩とはほとんど話さなくなってしまった。
目を合わせると、すぐに視線を逸らして逃げてしまう。
完全に避けられてしまっている。
また面倒なことが起こって欲しくはないが、避けられるって思うとやっぱりちょっと寂しい気がする。
今更だが、俺……もう2人から告白されてるんだよなぁ。
でも、未だ友達という関係にとどまっている。
やっぱりこれはあまり宜しくない状況なのだろうか。
選ぶべきなんだろうか。
いやでも、2人とも別に答えを急いではないみたいだし、俺も全くそういう実感がない。
このままずるずる行く訳にはいかないだろうが、まだ現状を続けていても大丈夫か。
雅のコミュ障も治していかないとだし、今は状況をややこしくしてはいられない。
色々とやることが多すぎて頭がパンクしそうだ。
ほんと、雅と出会う前の俺の日常は完全になりを潜めてしまったな。
「はぁ……平穏な日々に戻りたい」
「何言ってんだナオ。そりゃ欲張りってもんだぞ」
後ろで聞いていた和希がジト目をしながらそう言ってくる。
「いや、お前も1回体験すればわかる。まじで疲れるんだから」
ラノベ主人公って、だいたい童貞の癖になんであんな強靭なメンタルを持ち合わせているんだ。
だってラッキースケベとかいうイベントが毎日のように起こって、美少女のあんなとこやらこんなとこを触っても理性を保てているんだぞ?常識的に考えておかしいんだよ。
俺には無理だ。手が触れただけですぐに爆発しそうになる。
「俺こういうの向いてなかったんだわ」
多少なりとも抱いていたラノベ主人公への憧れはもうどこかに消えてしまっていた。
「お前本当に言ってんの?」
「は?本当も何も……最近は雅たちとほとんど会ってないんだよなぁ」
そう、最近は雅も放課後、教室に来ることがなくなっていた。
だから3択カードも引いていない。
「お前あの話知らないのか?」
「?なんだよそれ」
和希の言うあの話というのにまったく心当たりがなかった。
「最近、逢坂さんに春川彩乃、そして生徒会長の工藤沙耶香が3人でいるのを見かけたって」
「ま、まじで!?」
俺は目を丸くした。
確かに、俺の知らないところで結構仲良くなっているような素振りは見たことがあるが、そんな普段から一緒にいるとは思ってもみなかった。
「最近ではよく逢坂さんの教室に集まってるって話だ。クラスのやつらもよく見に行ってる」
そうだ、休み時間になると妙にクラスの生徒がいなくなると思っていたが、それが理由だったのか。
しかし、まじでびっくりだ。
あの3人が……というか雅が、自分の教室で一緒にいるというのは、俺の理想を遥かに越えていた。
「なあナオ、お前も行ってみたらどうだ?」
「は?なんだよ急に」
「いやさ、だって……お前、あの3人のところに自分から行ったことないだろ」
意表をつく言葉に俺は息が詰まった。
そう、俺は彼女達から近づかれることはあったが、自分から行ったことはないし、行こうと思ったこともなかった。
それを和希は気づいていたんだ。
だが、それでも俺は……。
「いや、俺はいかない」
「なんでだよ」
「もう俺はあの場に相応しくないんだろうな」
俺が雅と友達になったのだって、最初は彼女のコミュ障を治す、もしくは改善し、同性の友人をつくるという理由から始まった。
そして目的が果たされた今、俺の居場所はそこにはない。
まあ、2人からの告白云々は置いといて、あの3人の輪を乱す訳にはいかない。
俺の望んだシチュエーションだ。
「俺の仕事はもう終わりってことだな」
……これで良かった。
これから雅は、もっと学校に溶け込んでいけるだろう。
もう裏人気なんて言われないくらいには。
そして、俺は以前の平穏な毎日が再び始まる。
全部丸く収まる。
俺の中ではこの後のビジョンが浮かんでいた。のだが、
「は?終わるわけねえだろ。馬鹿なのか?」
「……なんだよ」
「ナオは知らねえかもだけどよ、お前のことも噂になってるんだぜ?」
「俺の噂?」
「あの御三方がみんな、橋田直之ってやつのことが好きだってな」
それを聞いた瞬間、俺は言葉を失った。
…………嘘だろ。
「な、何言って……」
「それとあの3人のうちの誰かがもう告白したって噂もある」
「……っ!?」
そんな噂まで広がっていたのか。
確かに、彩乃は噂を立てられも納得のいく言動を何度もしていた。それはわかる。
だが、雅と工藤先輩の方はどうだ。
特に工藤先輩は、学校では生徒会長として、俺に対しても常に凛とした振る舞いをしている。しかも、最近では避けられている。
雅も同様だ。最近ほとんど会っていない。一緒に下校することも無くなった。
それに彼女はただの友達だ。それ以上でも以下でもない。
なのにどうして、そんな噂が……。
「行ってやれよ。色男」
「……だから行かないって」
「逢坂さんの成長ぶりが見たくないのか?」
「それは……」
見てみたい。小学生の時、人とまったく話せなかった彼女が今、どうなっているのかを。
「ほーら、休み時間はまだあるぜ?俺も行ってやるからさ」
「あ、ちょっとっ!」
和希に無理やり席を立たされ、引きずられるように腕を引っ張られながら、彼女のいる教室へ向かった。




