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第17話 「春川彩乃の過去 後編」

私はベッドの周りを囲っていたカーテンを少しだけめくって覗いた。


「失礼しまーす……て、先生いないのか」


「じゃあ俺は戻るけど。ナオ、大丈夫か?」


「ああ、あとは自分でできるし。ありがとな、和希」


そして、和希と呼ばれた男子生徒はすぐに保健室を出た。残ったのは、私と同じようにメガネをつけた男子生徒だ。


「さーて、湿布はどこかね」


慣れた手つきからして、おそらく3年生だろうか。


棚から湿布をだし、足首に貼り付けた。


捻挫でもしたのかな。


「これでよしっと。うーん、なんか戻るの面倒臭いな。ちょっとだけ昼寝でもするか」


そう言いながら、私の寝ているベッドの方に視線を向けてきた。


私は咄嗟にカーテンを閉める。


「ん、誰かいるのか?」


気づかれてしまった。


どうしよう。怖い……。


でも、3年生だろうし、無視したら失礼かも。


そう思って、私はゆっくりとカーテンを開けた。


「おお、いたのか。悪い、起こしちゃったか?」


「だ、大丈夫です」


「そっか。具合でも悪いのか?」


「いえ、そういう訳じゃないですけど……」


「へー、じゃあなんで?みんな学校祭準備してるけど?」


……やめて。


私に話しかけてこないでよ。


何も聞きたくない。何も話したくない。


そう思っていても、実際には口に出せない。


口に出す勇気がなかった。


「私なんかいても……クラスの空気悪くするだけですし。私……地味だし」


早くいなくなってよ。もう私の前からいなくなってよ。


もう誰の顔も見たくない。誰の感情も見たくないのに。


しかし、そんな願いは届かず、彼は下を向いたまま喋る私と顔を合わせようした。


「なにがあったか知らないけどさ、学校祭準備はちゃんとした方がいいんじゃない?」


なんなのこの人。


私のこと、何も知らないくせに、そんな軽々しく言ってこないでよ。


「私がいたらみんな嫌がりますから」


「……それは直接言われたのか?」


「そういう訳じゃないですけど、でも本心ではみんなそう思ってるんです。私にはわかります。だからこうして保健室にいるんじゃないですか」


家以外で人と話すのは久しぶりだっけど、胸の内から怒りが込み上げ、私はついムキになって強くあたってしまった。


でも、この人が悪いんだ。


「私のことは放って置いてください。先輩には関係ありません」


「……確かに、関係ないな」


そうだ。だから早く出ていってよ。


「関係はない。でも、それが放っておく理由にはならないんじゃないか?」


「……え」


彼の言葉を聞き、私ははっとなった。


なんで、そんなことを言うの。


本心ではそんなこと思ってないくせに。

そうだ、どうせ裏では、面倒臭い女だとか思ってるに違いない。


私はずっと下を向けていた視線を彼に合わせた。


表情を見た瞬間、私は目を見開いた。


彼の表情は、一切の濁りもなく、どこまでも澄んでいて。


裏表がないように見えた。


とても真っ直ぐな瞳を向けてきていた。


私は1年前のあの子の表情と照らし合わせる。


……全然違う。


この人は、私のことをちゃんと真っ直ぐ見てるんだ。


「みんなが嫌がるとか、空気悪くするとか言ってるけどさ、それは君が逃げてるだけじゃない?」


「そんなことっ……」


そうだ。私は逃げたんだ。


人という恐ろしい存在がいる場所に耐えられなくなった。だから私の方が避けた。


それが正しい選択だと思った。


「だって、怖いんですよ。表には出さない裏の感情があって。それに気づいた時が1番怖いんです」


あの時もそうだった。


あの時女子生徒が私に向けてきた視線、感情を今でも覚えている。


恐ろしかった。


人の本性を知ることの怖さを知った。


「人に裏表があるなんて普通だしさ。他の人だってそれは薄々わかってるんだと思うな」


「……でも、本性を知った時が怖いじゃないですかっ」


「そうだな。でも、みんなそういうのと常に向き合ってるんだと思うけどな」


そんなことを言う彼の表情は、とても柔らかくて、どこか暖かく感じた。


「俺は君のことをなんにも知らない。けど、本当に人を怖がってるのはわかるよ」


瞬間、私は胸が高鳴るのを感じた。


彼の声が、目が、心が、私を暖かく包み込んでくる。


「だからさ、1回ちゃんと向き合ってみなよ。怖がらずにぶつかってみたらいいさ」


「……私に、できますか?」


「どうだろうな。でも、ぶつかってみないとそんなのわかんないじゃん。まずは変わろうとしないとさ」


「変わろうと、しないと……?」


「そうそう。隠してばっかじゃ何も変わらないと思うけどな、俺は」


私のことを知らないって言っていたけど、彼はわかっている。


私が人を避けるために、自分をずっと隠してきたことを。


「でも、私……地味ですし。いきなり変わるなんて……無理です」


「何言ってんの。隠してるから地味に見えるだけだろ。俺が言うのもなんだけど、試しにメガネでも外してみたら?ほら」


彼がそう言ってくるので、私はメガネを外した。


「どう、ですかね……」


「なんだ、めっちゃ可愛いじゃんか」


「……ほぇっ!?」


「そんだけ可愛かったら俺とは違ってすぐに人気者になれるって。もっと自信持てばいいと思う」


そう言った彼の表情は、やっぱりどこまでも真っ直ぐで素直だった。


「あ、じゃあ俺はもう行くから、君も文化祭準備行きなよ」


それを最後に、彼は「痛てて」と言いながらすり足で保健室を出ていった。


……なんだろう。


急に顔が熱くなる。


心臓の鼓動も急激に早くなった。


今まで感じたことの無いものだ。


そんな時、私は1年前のことを思い出した。


(私の方が、好きだったのにっ!)


確かにあの女子生徒はそう言った。


「好き」という言葉の意味が、いまいち理解できなかったけど、もしかしたら、今私が抱いているこの感情が……「好き」ってことなのかな。


───あの先輩は、一体誰だったんだろう。



そんな出会いから数ヶ月が過ぎた。


私はあの時の言葉をずっと胸に留め、変わる努力をし続けた。


メガネも外し、髪型も変え、ちゃんと人と話す努力をした。


最初はやっぱり白い目で見られたけど、勇気を出してぶつかり続けた。


すると、次第にクラスメイト達は私を見てもごく自然な表情をするようになった。


そして、いつの間にか私の周りにはたくさんの人が集まってくるようになり、私も人と話すのが楽しくなった。


裏表が見えなくなったわけじゃない。今でもたまに裏の悪感情が垣間見えることはある。


でも、私はちゃんと、人の心理と向き合えるようになっていた。


高校に入学してからも、すぐに周りに人が集まってきて、今では結構人気者だったりする。


私は変わることができた。


でも、そのきっかけをくれたあの人とは、保健室で会ったっきり1度も見ていない。


もう一度、あの人と会いたい。変わった私を見て欲しい。


そう思っていた時だった。


廊下で2人の男子生徒が歩いているのを見た。


2人の会話の中に、「ナオ」という名前が出てきた。


私はナオと呼ばれている男子生徒の顔を凝視した。


間違いない。あの時と全然変わってない。


そう確信した瞬間、私の胸は高鳴った。


私はすぐに今年の高校2年生の学生名簿を見て、彼の名前を探す。


「ナオ」なんてあだ名の人はたくさんいるだろうけど、探すアテはちなんとあった。


「和希」という名前の人がいるクラスの名簿に限定すればいい。


あの時も一緒に保健室に来ていた。きっと同じクラスだ。


そして、瀬戸和希という名前があるクラスに「ナオ」呼ばれても不思議じゃない名前を一つだけ見つけた。


「橋田……直之、先輩……」


ようやく、見つけた。


ずっと会いたかった人。

そして、最近になって、なんかカード持った女の子とも仲良くなってるし。


となると……やっぱり無難にラブレターかな。


まずは間接的にコンタクトをとるという考えに至った私は、早朝、彼のロッカーにラブレターを入れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いい話だこの話で彩乃推しになりました。 次話楽しみに待ってます
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