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第105話 「いつまでも」

 




「皆さんこんにちはー!1年2組の春川彩乃です!」



 その甲高く元気な声に、会場にいる全男子生徒が歓声をあげた。


 流石は学園のアイドルと呼ばれているだけはある。


 そんな彼女の姿を目にし、俺はどこか安心していた。


 休み明けに廊下で会った日から今日まで、彩乃とは一言も話さなかった。


 だからだろうか、元気な笑顔を見せる彩乃を見て、俺は少しホッとした。



「今日のために頑張って練習してきたので、よかったら最後まで聞いていってください!」



 陽気な声を発し続ける彩乃に比例するように盛り上がっていく会場。



「それでは早速お願いします!!」



 司会の呼びかけに合わせ、静まる会場とステージに、ドラムのリズムをとる音だけが響き、そして……


 各楽器の壮大な音と共に、春川彩乃のライブが始まった。


 まるで衝撃のような音が最高潮に達した会場を更に熱くさせる。


 そんな中、俺達3人はその衝撃と同時に驚きの表情を浮かべていた。



「こ、この曲って……っ!」


「はは、まさか春川がこれを選曲するとはな!」


「熱いな〜っ」



 各々違う形で驚きを見せるが、俺達が感じたことは同じだった。


 そう、この大人数の前で歌う曲がまさかの……アニソンだったのだ。


 今回のライブは文化祭前日に急遽決まったことらしく、歌う曲は事前に知らされていなかった。


 それでもあの春川彩乃が歌うならとこれだけの生徒達が集まった。


 知らない曲だろうが、学園のアイドルが歌うのなら必ず盛り上がれるという確信があったのだろう。


 実際、今こうして暑苦しい程の盛り上がりを見せている。


 が、まさかあの春川彩乃がアニソンを選曲するとは誰も想像できなかっただろう。


 しかも、この曲は国民的人気アニメの主題歌とかではない。


 だいぶマイナーな、それこそ俺みたいなオタクが好き好む深夜帯のアニメだ。


 ここにいる人間のほとんどが知らないような曲を、彩乃は堂々と歌っていた。


 それを理解できるからこそ、彩乃の選んだ曲に、行動に、俺達は目を見開いた。


 と、そんな時、俺はふと夏休みのことを思い出した。


 休み期間中、彩乃はほぼ毎日俺にメールをくれた。


 そんな中で一度、彩乃はこんな会話を持ち出してきた。




 ────夏休みのある日のこと。



『せんぱいって音楽とか聞きますか?』



 そんなメールが届いた。



『まあ多少は』


『へー、どんなの聞くんです?』


『んー、基本はアニソンかな。あんまり万人受けとかはしないだろうけど』


『なるほどです!じゃあせんぱいの一番好きなアニソンってなんですか?』


『1番っていうのは決められないかな。でも最近よく聞くのは……』



 それに続け、俺は最近ハマってるアニソンを2、3曲あげて、そこで会話は途切れた。







 なぜあの時、彩乃はあんなことを聞いてきたのかがようやく分かった。


 あくまでも1つの意見として扱われていただろうが、こうして俺が好きな曲を歌ってくれると言うのは正直なところ、とても嬉しい。


 俺の好む曲の特徴と、彩乃の歌の特徴とでは、少し違う部分があるが、それでも俺は彼女の歌をつい聞き入ってしまったのだ。


 こうして見ると、やっぱり彩乃はすごいや。


 まるで本物のアイドルだ。


 実際に芸能界で活躍するアイドルについて俺はほとんど知らないが、この時はそう思った。



 ライブは20分程に及び、歌った曲数は3曲だった。


 その3曲全てが、俺の知っているかなりマイナーなアニソンだったことには正直驚いたが、それでも会場の熱が覚めることはなかった。



 最後の曲を歌いきり、息を荒くする彩乃に、司会の生徒が近づきながら賛辞をあげた。



「いやー、正直どれも知らない曲でしたが、とても素晴らしいライブでした!」


「ありがとうございます!」



 少しずつ息を整えながら言葉を返す彩乃に、司会は1つの質問をした。



「今回、このライブは急遽決まったようですが、練習とか大変だったんじゃないですか?」


「あ、えーっと、はい。私はそこまででしたけど、演奏してくれたバンドの皆さんはとても大変そうで、ちょっと申し訳ないなって思ってました」



 このタイミングで、演奏してくれた学生バンドの生徒達に視線を向ける。


 その謝罪に「いいんだよ」と答えるように、各々が持つ楽器の音を思い切り鳴らした。



「あはは、ありがとうございます。確かに、練習は大変でしたけど、私はどうしても今日、ライブがしたかったんです」


「そうなんですか?その理由は?」



 続けざまに質問する司会に、彩乃はまた申し訳なさそうな顔をしながら言った。



「……バンドの皆さんや会場に集まってくれた沢山の方にはとても申し訳ないのですが……このライブは私がたった1人のためだけにやりたかったことなんです」



 意を決したようにそう話す彩乃に、会場の熱は一変し、困惑とどよめきへに包まれた。



「えっと、それはつまりどういう……」



 司会も困惑を隠しきれないまま生徒達の疑問を代弁する。



「私は今日……ずっとその人のことを思いながら、歌いました」



 彼女の放った言葉に、司会を含めほとんどの生徒が悟ったのだ。



「この場をお借りして1つお願いがあります」


「お、お願いですか?」


「はい。ライブの前にやっていたイベント……あれを私にもさせてください」



 ライブ前に行っていたイベント……それはつまり、この機会に思っていることを全て言ってしまおうという、よくある物申し系イベントだ。


 最後は事故って、何だか変な雰囲気のまま終わってしまったが、彩乃はそれを今からしようと言っている。



「あー、えーっと……わ、分っかりました!なんだかよく分かりませんが、とにかくどうぞ!」



 突然の事にどう対処していいか分からなくなっている司会は悩んだ末、もうどうでもよくなったのか投げやりになった。



「ありがとうございます!じゃあ、私も前の方に倣って、愛の告白をします!!」



 恥ずかしそうに顔を赤くしながら、そう叫ぶ彩乃に、会場はざわついたが、先程彼女が言い放った言葉から、ここにいる誰もがこの状況を予感していた。


 そして、俺もまた同様に……。



 彼女は深く息を吸い、次の瞬間、彼女の甲高い叫びが……告白が、会場中に響き渡ったのだ。



「2年3組の橋田直之せんぱい!あなたの事が好きです!!初めて会ったあの日から、ずっとずっと……大好きでした!!!」



 何一つ淀みのない、真っ直ぐで純粋な言葉に、会場は沈黙に包まれる。


 先程まで、顔を赤くした彩乃を照らしていたスポットライトは、告白の相手を探そうと会場を彷徨う。


 相手が声を出すのを待っているのだ。



 そう、俺がここで声をあげれば、返事を返せば、そのスポットライトの煌々とした光は俺を照らしつける。


 そして、俺は会場にいる生徒全員の視線を浴びるだろう。



「誰だあいつ?」

「あんなのが告白の相手?」

「春川さんに釣り合わなさすぎだろ」

「なんであんなやつを」



 そんな小声が飛び交うかもしれない。

 彩乃は学園の有名人。俺は一生徒。

 それが当然の反応だ。





 ────だから、なんだよ。



 そんな風に思われたからどうだって言うんだ。


 そう、どうだっていい。

 周りの反応なんて、俺にはどうでもいいんだ。


 今の俺がすべきことなんて、1つしかない。


 まさか、こんな形になるとは思わなかったけど、彩乃がつくってくれた状況だ。


 ステージの上で頑張る彩乃が、勇気をだして俺にくれた機会だ。



 ずっと待たせてごめん。

 こんな意気地のない俺でごめん。


 でも、もう迷わないから。


 これが、俺の気持ちだから。


 だからちゃんと聞いてくれよ、彩乃。



 俺はスっと息を吸い、彩乃に負けないくらいの声を返した。



「ありがとう!!彩乃!!」



 そんな俺の第一声を聞き逃す生徒は誰一人としておらず、彼らの視線とスポットライトはすぐさま俺へと向けられた。


 彩乃も俺の声に気付き、ようやく互いの視線が重なった。



「せんぱい……」



 久しぶりに顔を合わせ、少しほっとしたような表情をする彩乃。



「彩乃、お前はずっとそうだったよな。ずっと俺の事を想ってくれて、言葉にしてくれて」


「そうです!私が誰よりも、せんぱいの事が好きなんだって、知って欲しかったから!!」


「ああ。いつも伝わってきていたよ。伝わらないわけないじゃないか」



 いつだって、お前が向けてくれる言葉、感情は俺をどうしようもなくドキドキさせていた。



 彩乃が俺の事を誰よりも好きだって、その行動と言葉で示してくれた。




「嬉しかったよ。彩乃にこんなに好きになって貰えて」



 可愛くて、真っ直ぐで、明るくて、いつも元気で…… 皆をすぐに笑顔にしてしまう。


 俺もお前といると、気がつけば心が踊って、自然と笑えてきてしまうんだ。


 そんな彼女に想われて、嬉しくないわけがない。


 そうだ。俺が自分の本当の気持ちに……本当の答えに気づけていなければ、きっと俺は……。



 ────お前を選んでいた。




 錯覚なんかじゃない。

 俺は確かに、彩乃を好きになっていた。


 女の子として、俺はお前に惚れていた。



 でも、俺は自分の気持ちに気づけた。

 自分の答えを見つけたんだ。


 それは彩乃……お前や他の皆がいてくれたから。



 だから、俺はお前に、「好きだった」なんて言わない。


 そんな後腐れを残すような表現で答えることは、今の俺には出来ない。


 もう、迷わないから。




 俺は拳をぐっと握り、返事を待つ彩乃にこう答えのだ。



「好きになってくれてありがとう。でも、ごめん。お前の気持ちには答えられない。俺は、俺には……好きな人がいるんだ!!」



 心の底から出したその言葉が、密閉された会場に強く響き渡る。


 俺は自分の精一杯の気持ちを彩乃に届けた。


 他の生徒がどう感じているかなんて、この時の俺は全く気になっていなかった。




 俺の答えを聞き、少し俯く彩乃は、数秒程黙り込む。


 そしてマイクを口元に近づけ、小さく俺に言った。



「私じゃ、ダメですか……?」


「……ああ」


「私は、あなたの1番に……なれないんですか……?」


「……そうだ」



 1つ答える度に胸がチクリと痛む。

 本当はこんな風に言いたくない。


 でも、俺にはこう答えるしかないんだ。



「でも私は……私なら、絶対にせんぱいを不安になんてさせません。悲しくなんてさせません。ずっと傍にいて、ずっとせんぱいを笑顔にしてみせます!!」


「彩乃……」



 その言葉を聞き、俺は一昨日のことを思い出す。


 雅にあの3択を見せられて、拒絶されたことを。


 もしかしたら、その事を昨日和希に話していた所を彩乃は見ていたのかもしれない。



 確かに、その通りだと思う。


 彩乃と居れば、俺はきっと、いつも笑顔でいられる。

 不安になったり、悲しくなったりすることなんて、絶対にないだろう。


 でも、それでも俺は……。



「お前なら、できるだろうな」


「だったらどうしてっ」


「言ったろ。俺には好きな人がいるんだよ。この手で幸せにしてあげたい人が……」



 他の誰でもない、俺自身が一生をかけて幸せにしたい人が。



 沈黙が続く会場で、俺の言葉が、俺の気持ちは間違いなく彩乃に伝わった。



 彼女は強く握りしめていたマイクへの力を徐々に緩めていき、少しだけ震えた声で言った。



「……それが、せんぱいの答え、なんですね」


「そうだ。ずっと言えなくて悪かった。でも、これが俺の本当の気持ちだ」


「そう、ですか……」



 震えていた声は、やがてすすり泣く声へと変わり、目尻からは大粒の涙がこぼれ落ちた。



「せんぱい……」


「なんだ」


「せんぱいが……私を、選んでぐれなくても、ずっと一緒にいで、いいですが?」


「ああ、勿論だ。これからも皆で一緒にいよう」



 そうだ。俺が1人を選んだとしても、俺達の関係は変わらない。


 いつまでも、皆と一緒に……。


 少なくとも俺は……いや、俺だけじゃない、皆そう願っているはずだ。



「また皆でどこか行こう。その時は、またプラン作り、よろしくな」


「はい……はい!また皆で!!」


「ああ、そうだな」



 何度も涙を拭いながら、彩乃は笑顔でそう答えてくれた。


 そんな彼女を見て、俺も少し目元にじわりと涙が浮かぶ。




「せんぱい、もう1つだけ、いいですか?」


「どうした?」


「私を振ったこと、後悔しないでくださいね」


「えっ……?」



 感涙に浸っていたところ飛んできた突然の言葉に、俺は激しく動揺した。



「せんぱいに幸せにしてもらえる人は羨ましいですけど、私はそれよりもっと幸せになってみせますから!!」



 先程の涙声とは一変し、とても強気な声色でそう言ってくる彩乃。


 あぁ……やっぱり彩乃はすごいよ。


 いつだって、俺が思いもしないことを平気で成してしまう。


 そんな彩乃に、俺は魅力を感じていたのかもしれない。



「お前ならきっとなれるよ。でも俺だって負けないからな!」


「じゃあ、どっちが幸せになれるか勝負、ですね!」


「ああ、望むところだ!」



 普段こんなこと絶対に言えないが、今日だけは、なんだか言ってもいいような気がした。





 しばらく続いた俺達の会話が終わると同時に、会場中が歓声と喝采に包まれたのだ。


 その理由は、とても単純なものだった。


 文化祭が終わった後の、新聞広告部の行ったインタビューで問うと、会場にいた生徒達は口を揃えてこう言った。






「とても面白いサプライズ演劇だった」と。




 あんな痛々しいセリフをなんの恥ずかしげもなく言い合うのが、本当の告白なわけがないと、ほとんどの生徒が、同じように勘違いをしたのだと言う。



 しかし、俺はこの出来事を、彩乃が伝えてくれた想いの大きさを、決して忘れることはないだろう。




 こうして俺は4人のうち、3人の気持ちに真っ直ぐに答えることが出来た。


 残すはたった1人。


 そう……俺が心に決めた、彼女だけだ。







 一連の出来事の後、演劇だと勘違いしたまま盛り上がった会場を、司会の生徒がうまく締めくくり、第2体育館でのイベントは終了となった。


 生徒達も少しずつ解散し、ステージでは楽器や音響機材の片付けをしていた。


 彩乃は俺達の元には来ず、ステージ裏へと消えていった。




「ごめん、和希」



 花火が終わった直後のような静けさの漂う会場で、俺は和希に頭を下げた。


 和希には、できれば彩乃を選んで欲しいと言われていた。が、俺は彼女を選ばなかった。


 それに対する謝罪のつもりだ。



「謝ることなんか1つもねぇよ。言ったろ?あれはただのわがままだってな」


「そうだけど、一応さ」


「いいんだよ。それよか、俺はお前が自分の気持ちをはっきり言ったことの方が嬉しいぜ」



 そう言って和希は俺の肩に優しく手を置いてくる。



「まあそれはそうと、ちょっと俺用事思い出したからさ、少し外すわ」


「用事って?」


「ちょっと、な」



 用事の内容を求めるも、和希は言葉を濁したまま立ち上がり、「2人でどっかぶらついといて」とだけ言い残し、どこかへ行ってしまった。



「じゃ、じゃあどこか見に行くか?」



 和希の言う用事のことを考えながら、隣に座る真帆にそう問いかける。


 が、一行に彼女はその場から動こうとしない。



「ま、真帆?」


「……う〜ん、なんかねぇ、ちょっと羨ましいなぁ〜って」



 久々に放った真帆の第一声は、よく分からない一言だった。



「う、羨ましいって?」


「だってぇ、私の時はあんなにかっこいいこと言ってなかったも〜ん」


「えぇ……」



 反応に困る言葉だ。


 さっきのことを、自分でかっこいいなんて微塵も思ってないにも関わらず、それを羨ましいと言われても、なんて答えたらいいのやら。



「ねぇ〜、私にもああいうの言ってよぉ」


「そ、それは……」


「あはは〜、冗談だよぉ。だってぇ、接してきた時間が違うもんね〜」


「え、えぇ……」



 まさかの冗談でさらに困惑を生む。

 やはり、未だに彼女の言動はほとんど読めない。天然というよりミステリアスだわ。


 本当に親友やってけるかちょっと心配になる。



「うん、ほんと……羨ましいね〜」



 ボソリと、俺に聞こえないように呟いた真帆の表情はどこか儚げだった。



「ん、何か言った?」


「ううん〜、何でもなぁい」


「そ、そうか?」


「うん〜、じゃあ私達もどこか見に行こっか〜」



 一瞬見せたその表情はたちまち消え、いつものぼんやりした顔に戻った真帆はゆっくりと立ち上がり、俺にそんな提案をしてくる。



「ああ、そうだな」



 相槌を打つと同時に俺も立ち上がり、さっき彩乃がライブで歌ったアニソンの話をしながら会場を後にした。









 その頃、用事と言って2人から離れた和希は─────



 バンドの生徒達が楽器の片付けを終わらせたのを確認し、和希はステージへ上がり、奥を見渡す。


 和希はある女子生徒を探していたのだ。



 ステージの奥へと足を踏み入れていくと、垂れ幕の裏に通路があるのを見つける。


 この通路は、先程のライブの音源を流した放送室に繋がっているものだと思い出し、彼は通路を進んでいく。



 部屋に着くとそこには、彼が探していた女子生徒が背を向けて座っているのを見つけた。


 微かにすすり泣く声を漏らす彼女の元に、和希はそっと近づきながら声をかける。



「盛大に振られちまったな」


「……せ、瀬戸、せんぱいっ!?」



 急に呼びかけられ、とっさに振り向いた彼女の目元には涙が浮かんでいた。



「あー悪い、脅かすつもりはなかったんだが。まだここにいるのかと思ってな」


「……なんですか、からかいにでも来たんですか?」


「そんなんじゃねぇって」


「じゃあどうして……」



 ここに来た理由を尋ねてくる彩乃に、和希は少し困った表情を浮かべる。



「あー、まあ特に理由はないんだが、な……1個だけ言っときたくて」


「……なんですか」


「俺さ、お前が選ばれたらいいって思ってたんだぜ」



 咄嗟に出てきたその言葉に、彩乃は戸惑いを隠せないでいた。



「え……え?」


「まあなんだ。俺はナオでもお前でもないからさ、お前らの気持ちはちゃんとは分かってやれないけど、ずっと横で見てたからな」



 直之と彩乃が初めて会った時からそうだ。

 和希は誰よりも長く、2人の時間を見てきた。


 2人の距離が縮まっていくのをずっと近くから見ていた。


 彩乃がどれだけ自分の親友のことを想っているのか……彼のためにどれだけ頑張っていたのか、和希はずっと近くで感じてきた。


 だから願っていた。


 この2人がうまくいけばいいのに、と。



「……瀬戸せんぱいからそんなこと言われるとは思いませんでしたよ」


「俺もまさかこんなことお前に言うとは思わなかったよ」


「ふふっ、なんですかそれ」



 涙は完全には止まっていないものの、僅かに笑顔を取り戻した彩乃に、和希は心底ほっとしていた。


 そんな安堵と同時に、和希は小さく呟く。



「あーあ、なんか悔しいな」


「なんで瀬戸せんぱいが悔しがるんですか」


「知らねぇよ。でも悔しいもんは悔しいんだよ」



 和希がどうこう言える立場にないのは分かっている。

 でも、そう思わずにはいられなかった。



「……そう、ですね。私も、悔しいです」



 涙は流さなかったが、平然を装うその表情とは裏腹に、彼女の手はひどく震えていた。


 これだけ頑張って、これだけ強い想いをぶつけてもなお、自分が選ばれなかった。


 今の彼女の持っている感情の全てを理解するのは、誰にも出来ない。


 今の傷ついた彼女の、心のより所にはなれないかもしれない。でも……



 ────そばにはいてやれる。



 こうして、自分らしくいつも通り振る舞うことで、少しでも彼女の痛みを緩和できるのなら。


 何も装わず、ありのままの自分を見せることで、少しでも彼女が笑顔を取り戻してくれるのなら。




 ドラマなんかでは失恋し傷ついたヒロインを抱きしめる、なんてシーンがあるが、和希にはそんな選択肢はなかった。


 それは、彼女の気持ちに付け入る行為だから。


 親友の見せた誠意を裏切る行為だから。



 故に和希は、ただそばにいる。そう決めたのだ。




「そういや、腹とか減ってないか?ライブで疲れただろ」


「そうですね。少しだけ」


「んじゃ、どっか食いにでも行くか。今日ぐらい先輩が奢ってやるよ」


「うわー、先輩面してる瀬戸せんぱいとかちょっと変かも」



 そう言いながら、悪戯な表情を浮かべる彩乃に、自分の言ったことを少しだけ後悔しながら苦笑する。


 しかし、そんな自分の軽口にちゃんと返してくれる彼女を見て、和希は内心嬉しかった。



「まあそう言うなよ。ほら、自由時間終わる前にさっさと行こうぜ?」



 そう言って立ち上がる和希に、続くようにして彩乃もようやく腰を上げた。



「わかりましたよ。じゃあせっかくなんで色々とご馳走してもらいましょうかね」


「しゃーねぇな。2000円までならいくらでも奢ってやる」


「上限あるんですか!?ケチぃ」


「はは、言うてそんな食べないだろお前」


「甘いのならいくらでもいけますよ!」



 そんな他愛のない会話をしながら、和希達はステージ裏の通路を抜けていく。



 通路を抜け、再びステージの上へ戻ってくると、彩乃はピタリと止まった。



「ん、春川?」



 ステージの上で誰もいない体育館を眺める彩乃が少し心配になり、和希は立ち尽くす彼女に声をかける。


 もしかしたら、さっきの告白のことを思い出し、悲しさが込み上げてきているのかもしれないと思ったのだ。


 しかし、彼女の表情は想像とはまるで違うものだった。



「……ライブの時は全然気づかなかったですけど、きっと……あの人も見ていたと思います」


「あの人、ね……」



 和希は、彩乃の言っている人が誰なのかすぐに分かった。


 この時の彩乃は、工藤沙耶香が先に直之に振られていたことをまだ知らなかった。


 だが、直之の言葉や表情から、何となく察していたのだろう。


 直之の言っていた「幸せにしたい人」が一体誰なのかを。



「あぁ……ちゃんと見てただろうな」


「後はあの二人がどうなるか、見守るだけですかね」


「そうだな。最後まで見届けてやろうぜ」


「……はい」





 誰もいない体育館の静けさと共に、和希の願い、そして彩乃の恋は音もなく消えていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 複数のヒロインは負けヒロインも複数なんですよねぇ。 それが良いか悪いかは別として、やっぱり誰かが誰かに振られるシーンは切ないですね。 例えそれが彼らの成長に繋がったとしても。
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