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第103話 「夏の中へと消えていく」

 


 篠崎さんと別れ、俺は急いで教室に戻った。


 教室に戻った時には既に、10人ほどの生徒が訪れていた。


 幸い、その10人が最初の客だったらしく、ドリンクサービスはぎりぎり間に合った。


 まあ、委員長にはひどく怒られてしまったが。



 それから俺は、せめてもの贖罪として、自分のロスした時間を取り戻すために接客から調理まで、休み無しで一通りの仕事をこなした。


 基本的には1人1時間程度の自由時間が設けられるのだが、俺は既にそのほとんどを使ってしまっているからな。



 屋台の営業時間は残り僅かだし、このまま休み無しで頑張ろう。


 そう張り切り出した時の事だった。



 教室の外でビラ配りをしていた1人の生徒がある女子生徒を連れて入ってきた。



「生徒会の見回り入りまーす」



 そう言うと男子生徒は、その女子生徒を教室の奥へ進むよう促し、再び教室の外へ出ていった。



 そういえば、各クラスに生徒会の人が1度、設備の安全度や異常がないかをチェックしに来るって最初に言ってたっけ。


 ちょうど手が空いていたので、俺は入ってきた女子生徒を案内しようと思い近づいた。


 ふと視界を彼女の方に向けると、そこには生徒会長である沙耶香先輩の姿があった。



「先輩……」


「ナオくん……」



 目が合った瞬間、お互いにその場で固まり、瞳に動揺の色を浮かべる。


 しかし、端で見ていた和希が異変に気づき、すぐに俺達の方へと駆け寄ってきた。



「工藤先輩直々にチェックにくるんスね」


「え、ええ。回らないといけないクラスはたくさんあるから」



 和希との一連の会話から、沙耶香先輩は冷静さを取り戻す。


 それに続くように、俺も動揺を鎮めさせた。


 和希に助けられるのはもう何回目だろうか。

 どこかで恩返ししないとな。



「ですよね。1人じゃ大変だし寂しいんじゃないんですか?」


「え、いや、私は別に……」


「寂しいですよね。うんうん、わかりますよ」



 彼女の否定の言葉を無視し、1人で頷く和希。

 一体何を考えているんだろうか。



「てことで、うちのナオを連れてってやってくださいや」



 そう言って、和希は俺の方に近寄り、肩を寄せてきた。



「は!?急に何言ってんの!?」


「別に?ただ工藤先輩が寂しそうだなと思ってさ」


「だからってなんで俺……」



 ……よく考えてみれば、和希の意図は分からないでもない。


 この文化祭で、俺が何をしようとしているかを和希は知っている。


 そして今さっき、1人の気持ちに答えたところだ。それを和希は悟ったのかもしれない。


 言わばこれは、和希からのメッセージなのかもしれない。


 ──ここで先輩の想いに答えろ──


 そう言われた気がした。


 なら、そんな和希の意図を俺はくもう。


 しかし……。



「で、でもいいのか?俺は仕事してないと……」



 俺は自由時間を返上する気持ちで仕事していた。

 そんな俺が、今ここから離れることを、他の人達は許すのだろうか。


 そんな懸念をしていた時、クラス代表の女子生徒が声をかけてきた。



「いいよ。もうすぐ終わるし、橋田くんすごい働いてくれたからね。残りは自由にしてくれてオッケー」



 仕事を始める前は散々叱られたが、それ以降の俺の働きを見てそう言ってくれたようだ。



「そ、それなら……」


「よし決まりだな。じゃあそういうことで、ナオをよろしくっス」



 和希に背中を押され、半ば強制的に教室の外へと出された。



 俺と沙耶香先輩が教室の外に出たのを確認し、和希達は扉を閉める。



「あ、えーっと……ここにいてもなんですし、とりあえず行きますか?」


「そ、そう、ね」



 勢いのままに話が進み、お互いに色々と混乱している中、ここにいても仕方ないと思い、俺達はその場を歩き出した。



「あと何クラス回るんですか?」


「えっと……あと2クラスね」


「そうですか」



 …………。



 会話が途切れた。


 この沈黙した空気を感じていると、俺がここにいる意味を見失いそうになる。


 が、そんな時だった。



「あの、ナオくん」


「な、何ですか?」


「残りのクラスを回り終えたらその……少しだけ、時間を貰えないかしら」



 突然の申し出だったが、俺はその提案に間髪入れずに頷いた。

 先輩が何も言わなかったら、俺からそう言うつもりだったからな。



「は、はい!俺も少し、話がしたくて」


「そう……じゃあ早いとこ終わらせてしまいましょう」



 そして俺達は沙耶香先輩が回るべき残りの2クラスの共に訪れ、安全確認が取れた後に見回り業務を終えた。




 この時間帯の仕事はもうないらしく、そのまま話をするために、沙耶香先輩の案内である場所へと向かった。



「ここに来るのは初めてかしら?」



 その光景に目を取られていた俺に彼女はそう質問し、俺は気の抜けた声で「はい」とだけ答えた。


 俺達が今いるのは、校舎の屋上だ。


 囲いに高さ2m程のフェンスが取り付けてある以外は何も無いただの屋上だが、この場所で俺達の町を一望するのは、この学校に入学して以来初めのことだった。



「ずっと立ち入り禁止だと思ってました」


「通常はね。でも何か催しの時は、許可を取ればここに来れるのよ。知っている人はあまりいないようだけど」



 そうだったのか。

 イベント事で1番大変なのは生徒会だろうが、こういう情報を先んじて入手できるも、生徒会のメリットなのかもしれないな。



「け、景色いいですね」


「そ、そうね」


「……」


「……」



 再び会話が途切れる。


 なんでこうなるんだ。

 話したいこと、伝えたいことは頭に浮かんでいるのに、どう切り出していいのか分からない。


 いや、悩んでる暇なんてない。言いたいこと、伝えたいことをそのまままっすぐ伝えればいいんだ。


 そう腹を決め、勢いのまま切り出そとした時、先に沙耶香先輩の口が開いた。



「ここね、昔は普通に入れたらしいの」


「あ、そう、なんですか」


「ええ。でも休み時間や放課後に出入りする生徒が多すぎたみたいで閉鎖になったみたい」



 まあ確かに屋上が解放されてたら、休み時間に友達と喋る場所に使ったり、昼食をとったり、昼寝したりするのにうってつけだろう。



「特に、ここで告白する生徒が多かったそうよ」


「こ、告白ですか!?」



 勿論、俺だってそのケースも考えたが、この状況でそれを言うってことは、沙耶香先輩も……。



「そう、告白……だから、私が言いたいのは、その……」


「……はい。わかります」



 ここまで来たら、もう決まりだ。

 和希にも背中を押された。

 先輩もその気なんだ。


 だから俺は、今ここで……っ。




「……初めてあなたを見たあの日から、私の気持ちは変わっていないわ」



 そんな言葉と共に、彼女は俺に体を向けてくる。


 何かを決心したように胸を押さえつけている手は、少しだけ震えていた。



「だからもう一度言うわ。私は……あなたが好き」



 彼女の放った言葉が耳朶を打った瞬間、身体中にピリッと静電気が走るような感覚を覚えた。


 今まで何度かその言葉を耳にしているが、そのどれよりも気持ちが伝わってきた。



「あなたといる時間がとても暖かくて、幸せで……このキラキラした世界をくれたあなたが、大好きっ」



 彼女は真剣に、まっすぐに俺の事を想ってくれていた。


 そして今も俺を好きだと言ってくれる。


 この瞬間が俺にとってどれだけ暖かくて、幸せで、満たされているか分からない。


 この時、素直に芽生えた気持ちを俺は言葉にした。



「……ありがとうございます、沙耶香先輩。すごく、嬉しいです」



 こんなにも俺の事をまっすぐに好きでいてくれて、嬉しくないわけが無い。


 こんなに綺麗で、聡明で、純粋で、非の打ち所なんてひとつもない先輩に思われる俺は幸せ者だ。


 だからこそ、俺は……この気持ちに、まっすぐな答えを返さなければならないんだ。



「でも……すみません。俺には……好きな人がいるんです」



 瞬間、沙耶香先輩の口元には小さな笑みが浮かんだ。


 まるで、俺の答えを悟っていたかのように。


 一瞬強く握られた彼女の拳を見て、俺も胸が締め付けられるような感じがした。



 そして、2秒程の間が空いたあと、彼女はゆっくりと口を開いた。



「そう、なんだ……もう、決まったのね」


「はい。俺には自分の手で、幸せにしたい人がいます」



 もう誤魔化さない。自分に嘘はつかない。

 彼女もそれを望んでいるのだと思う。



「そっか。……そっか」



 繰り返しその言葉を発しながら、少しずつ体を元へ戻していく。


 フェンスを軽く握りながら、多くの生徒達が笑い合い、楽しむ文化祭の風景を眺めていた。


 そして少し時間を空けた後、視線は外に向けたまま、俺に語りかけてきた。




「……私、志望大学決めたの。祖母のいる街の国立大学」



 皆で旅行に行った際に1度聞いた。

 祖母のいる場所で、介護をしながら大学に通うと。


 そして、受験に向けて勉強に集中するという話も……。



「結構レベル高いから、これから本気で勉強しなくちゃならなくて……今までみたいに、皆と会える時間もなくなると思うわ」


「はい……」



 俺は、彼女が何を言いたいのかをなんとなく察した。


 俺の返事を聞き、全ての決着をつけた沙耶香先輩にとって、後は勉強するのみとなった。


 これを機に、俺達との交流をやめる……ということなんだろう。


 それが先輩の望んでいることならば、俺がどうこう言える道理はない。


 でも……それでも……っ。



 俺の中で、また一つのわがままな気持ちが芽生え始めた、そんな時だ。



「だけど、たまには息抜きに出かけたくなる日もあると思うから、その時はまた、皆でどこか行きましょう」


「……っ!!」



 俺の一方的な不安を一瞬で吹き飛ばすような言葉をくれた。



「その、空気とかはだいぶ微妙になるかもしれないけれど……もしよかったら」



 そう言って、苦笑いを見せながら再び俺の方に視線を送る沙耶香先輩に、俺はとっさに答えた。



「も、勿論です!俺も、同じこと思ってました!」



 どんな形であっても、俺は先輩と……皆とずっといい関係であり続けたい。


 先輩も同じことを思ってくれていたことが嬉しくて、つい声が上ずってしまった。



「よかった……あなたを好きになって、本当によかった」



 彼女の向けてくれる笑顔とは裏腹に、その声はほんの少しだけ震えているように見えた。



「先輩……」



 ……覚悟は決めていたはずだ。

 これが、俺の意思で選んだ道なんだ。

 でも……人の気持ちに答えることが出来ないというのは、やっぱり辛い。


 今まで、この辛さを感じたくなくて、ずっと逃げていたのかもしれない。


 だからこそ、全てを決めた俺に出来るのは、彼女の辛さと自身に覚えた辛さを素直に受け止めることだけだ。



「……もうすぐ午後の部が始まる。そろそろ戻った方がいいわ」


「そう、ですね……」


「ナオくんは先に戻ってて、私はもう少しだけ、外にいる生徒が戻ってくるのを見ておくから」


「……わかりました」



 ここで彼女の言葉に反するという選択は俺にはなかった。


 扉の前で、先輩に一礼だけしてから俺は校舎の中へ戻った。









 直之が校舎へと戻り、屋上に残った沙耶香は、グラウンドにいた生徒達が、チャイムと同時に校舎内へ入っていく光景を上から眺めていた。



 風になびく黒髪と共に、空中には小さな水の粒が舞っていた。


 直之がいる時に我慢し続けた彼女の涙が強い日差しに反射し、まるで星のように輝くそれは、夏の熱気の中へと儚く消えていく。



「あぁ……やっぱり、辛いなぁ」



 頬に涙を滴らせ、か細く震えた声でそう呟く彼女だが、口元はさっき直之に見せていた笑顔のままだった。



「ありがとう、ナオくん……私に、恋を教えてくれて……」



 涙を止めようと上を向いた沙耶香は最後に、そんな感謝の言葉を漏らす。


 天を仰いでもなお、涙は溢れてきた。




「これじゃあ、しばらく戻れないわね」




 啜り声でそう呟く彼女の元に、1人の男子生徒が屋上へとやってきた。




「これ……使ってください」




 男子生徒は沙耶香の元に近づき、涙を零す彼女に1枚のハンカチを渡した。



「あなたは……」



 よく見知った顔を目の前し、少し驚く沙耶香に、男子生徒は小さく言った。



「俺は……ずっとあなたのそばにいますから」




 そう言った後、男子生徒も踵を返す。


 扉の前で彼は1度立ちどまり、「落ち着いたら戻ってきてください」とだけ言い放ち、中へと戻っていった。



 男子生徒の後ろ姿と、彼から渡されたハンカチを見て、沙耶香も一言、「ありがとう」と言い、そのハンカチをそっと目元にもっていく。





 ────高校最後の文化祭、沙耶香の初恋は実らずに終わった。




 そのまま文化祭1日目、午後の部へと突入し、ひとしきり泣いた彼女は、生徒会長としての仕事へと戻っていった。






 直之は、和希と合流し、体育館で行われた午後の部を共に過ごした。


 今朝に比べ、直之の表情はだいぶ良くなり、高校生らしく文化祭を楽しんだ。


 しかし、午前の部と変わったのは、直之の心境だけではない。



 午後の部を共にしたのは、和希だけではなかったのだ。


 俺の隣には、和希の他に、篠崎も加わった。


 午後はこの3人ですべてのプログラムを観賞することとなった。



 時間はあっという間に過ぎ、気がつけば、文化祭1日目が終了していた。




 和希達と駅で別れ、そのまま俺は家に帰る。


 この間、俺は和希と篠崎さん以外誰とも会っていない。


 彩乃とも、雅とも……。



 今日1日で色々とあった。


 俺は2人の女の子からの気持ちに答えた。

 こんな俺を好きになってくれた彼女達の気持ちを俺は……断ったのだ。


 そして、俺はあと2人の気持ちに答えなければならない。


 だが、それだけが、今の俺に出来ることだ。


 俺を想ってくれた彼女達のために、それだけは俺の意思でやらなければならない。



 ────明日だ。


 明日で、すべての決着をつける。



 今一度、彼女達と過ごした時間とそして、自分の気持ちを思い浮かばせながら俺は眠りについた。









 そしてついに、文化祭2日目を……勝負の1日を迎えた。



2週間も更新を止めてしまいすみませんでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いよいよだな・・・、長かったこの物語も・・・。
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