注目
俺が風呂を上がって部屋に戻って、十分くらいするとクリスとステラも帰ってきた。
「お帰り。風呂ではファンに囲まれなかったか?」
「あはは……私もそれを少し心配してたんだけど、クリスが認識阻害の魔法とかいうのをかけてくれたおかげで、ゆっくりリラックスできたわ」
「認識阻害と言っても効果はおまじない程度じゃがのう。警戒されていたり、まじまじと見られたら簡単にバレる。……まあこんな大きな宿の風呂で、他人の顔をいちいち気にする人間はおらんかったようじゃが」
俺は心配半分からかい半分でステラにそう声をかけたが、クリスの魔法のおかげでファンに囲まれることはなかったらしい。
それにしてもクリスは本当に様々な魔法が扱えるのだと、改めて関心する。
「儂はその系統の魔法が苦手でのう……ヴェロニカがそういったねちっこい嫌がらせのような魔法が得意だったのもあって、特に」
クリス自身は認識阻害は苦手な系統の魔法らしく、普段と違ってドヤ顔で胸を張ったりはしなかったが、使えるだけでも大したものだと思う。
それにしてもクリスはかつての従者であるヴェロニカに対して、本当に強い苦手意識があるんだな。
以前話を聞いた限りではヴェロニカ自身はかなりクリスを気遣っているようだった。まあヴェロニカのクリスに対する愛情はかなり歪んだものではあることは間違いないのだけれど。
少なくとも俺にはそこまでのユーティリティはない。現状使える魔法は基本的なものだけで、何か困ったことがあってもクリスのように搦め手で切り抜ける手段はそもそも持っていない。だからいざとなれば力業で切り抜ける気満々だった。
俺は自分が魔法と剣が両方使えると知って、最初は魔法剣士みたいなスタイルを想定していたが、気付けばかなりの脳筋スタイルになっていた。
心なしか考え方も最近はその影響を受けている気がする。もう少しクレバーで格好のいい人間になりたいのだけど、その道は遠ざかる一方のように思えた。
そんな風に考えていると、ふとつい先ほど風呂で耳にした話のことを思い出す。
「ああ、そういえば風呂場で冒険者たちが話してたんだけど、盗賊団討伐の依頼を達成したFランク冒険者パーティーに、そこそこ注目が集まっているみたいだな。それで明日のランキング発表でどんな奴らなのか分かるって話題になっていた」
「ふむ。まあ儂らが冒険者として活動をしたとあれば、遠からず目立つのは必然じゃからのう。早いか遅いかの違いでしかないじゃろうな」
「目立つのはいいことじゃない。知名度と信頼と実力があれば、仕事なんて何やっても上手くいくんだから」
クリスは最初から当然そうなることを知っていたので特に驚きもせず、ステラにしても自身が踊り子として成功するまでに何度も通った道のようでむしろ良いことだと言った。
「むしろ注目が集まってからが本番よ。良いことも悪いことも、あっという間に知れ渡ってしまうから隙は見せられないし」
「まあでも儂らなら注目が集まっても何も問題ないのではないかのう。仮にそれが理由で変な連中に絡まれても、追っ払うくらいは造作もないじゃろうし、依頼に失敗して悪評が広まる心配もあるまい」
クリスの言う通りで、俺も特に心配するようなことは何もないと考えている。
だからことステラの言ったことがより重要になってくる。
注目が集まるというのは文字通り冒険者として名前を売るチャンスだ。名前を売り、信頼を勝ち取れば俺自身この世界でも随分と生きやすくなるだろう。
しかしそれ以上に、俺にとってはクリスが世間から信頼を得られるということが何よりも優先度が高かった。
もし仮に何かのきっかけでクリスが魔族との混血であると世間に知れたときに、それはクリスを守る盾になりうるだろう。クリスの居場所を人間社会に作るためには、そうした信頼を地道に得ていく必要がある。
まあ何にせよ今のこの状況は、俺たちにとって追い風に違いない。
しばらくはこの街に滞在すると決めているので、その期間中は冒険者としての活動で名前を売ることに力を注いでみてもいいのだろうと、俺はそんなことを思うのだった。




