合理性
翌日、俺たちはノーラを探すために彼女が所属している七つの学術ギルドを順番に訪ねてみたが、特にめぼしい情報は得られなかった。
ギルドにはノーラのスケジュールを把握している人間は誰もおらず、それどころか目撃したという情報すらない。
それは別に隠しているという訳ではなく、単に学者同士の横のつながりが希薄だからという話だ。
学者たちはギルドには所属していてもそこに顔を出すかどうかは人それぞれで、だからスケジュールや所在といった話も、ギルド所有の資料や実験用の設備や資材の利用申請が出ている場合でもなければギルド側には分からないものらしい。
「この世界ではそういうものなのか?」
「うーむ……ここの学術ギルドが少し特殊なだけな気もするがのう」
「ヴェリステルの学術ギルドはどこも個人主義かつ成果主義を徹底しているの。もちろん必要があれば協力することもあるけれど、それだってあくまでも個人の裁量に任されているわ」
つまり何を研究する場合でも、それが自分ひとりで充分だと思えば、自分なりのやり方とペースでやることが許されているということだ。
もちろん研究成果は出す必要があるようだけれど、言い換えれば成果さえ出していれば誰も何も文句を言わないという環境らしい。
個人の才能に依存しすぎるシステムのようにも思えるけど、才能ある人間の能力を発揮させるという意味では悪くないのかも知れない。
「しかし、だとすると困ったな」
昨日と状況は変わらず、俺たちはノーラを探す手がかりが何もなかった。
一応学術ギルドは個人宛の伝言なども預かってくれるようだけれど、時間におおらかなこの世界のことだから、それがノーラに伝わって俺たちが会えるまで、一週間以上は軽くかかりそうな気がする。
「というかステラよ、おぬしは今までどうやってノーラと会っておったのじゃ?」
「どうって……そういえば自分からノーラを探したことはないわね。踊りの仕事でヴェリステルに来たら、私の所属してるギルドに伝言がいつも届いていて、会う日時と場所が指定されていたから」
「それってつまり、ノーラはステラの予定をいつも完璧に把握していたってことか?」
「そうなるわ。まあ私の仕事の予定はギルドに問い合わせたら全部分かることだけどね。でないと踊りの依頼も出せないし」
「なるほど……」
手段としては一応誰でも出来ることらしい。
とはいえそれでいつもステラの予定をチェックするくらいには、ノーラはステラのことを気にかけているという話でもあった。
ただ今回はステラの仕事ではなく俺たちの用事でヴェリステルに来ることになったから、そこまではノーラも把握しきれなかったようだ。
「何にせよ、二人は仲が良いんだな」
「もちろん。一番辛い時期を一緒に孤児院で過ごした大切な仲間だもの」
「その割にはステラはノーラの予定を何も知らんようじゃがのう」
「クリス、それは私が冷たいって言いたいのかしら?」
「ひょうは言っておりゃん」
からかうように言ったクリスの頬が良く伸びていた。
「……まあそれは私も気にしてることなんだけど、ノーラが教えてくれないのよ。予定は自分が合わせるから、不必要な情報だって言って。あの子、合理性の塊みたいな子だから」
合理性の塊。
扇情的な踊り子の服で、人気のない路地裏を歩くことが合理的な考え方なのだろうかと、俺は一瞬考えてしまう。
けれど確かに、着たい服を着て悪い道理もなければ、通りたい道を通ってはいけない道理もない。
そしてノーラは銃という自衛手段を持っていた。
だとすればあとは危険度との兼ね合いで判断する話だ。危険だから地味な服を着たり迂回したりするのも合理的なら、危険はないと判断して自分の行動を貫くのも合理的だろう。
そう考えればノーラは彼女なりの一貫した理屈で行動していると言えなくもない……のか?
さすがに俺はノーラという人間の人となりをまだよく知らないので、そこまでは断言できないことだった。
けれど彼女を一番よく知るはずのステラがそう言うのだから、きっとそうなのだろう。
「あ、そうだとすれば、ノーラがあの路地裏を通ったことにも、何か合理的な理由があるんじゃないか?」
「確かにそうじゃのう」
「シンがノーラと会った路地裏の道ってどこ?」
「どこって、えっと……」
俺はクレープ屋周辺の風景を思い出しながら、目印となりそうなものを交えて自分が入った路地を伝える。
「その裏路地だったら、近道として通じているのは冒険者ギルドね」
「冒険者ギルド、か」
「儂らは昨日、先に魔法ギルドに向かったから、入れ違いになったのかも知れんのう。ゆっくりクレープも食べておったし」
クリスの言うように、そこは俺たちも昨日訪ねた場所だ。そのときはノーラの姿を見かけなかったが、ノーラがあの路地裏を通ったというなら、彼女の目的はそこである可能性は充分にあるだろう。
仮にノーラが冒険者ギルドに訪ねていたとして、その理由は一体何だろうか?
もちろん分かるはずがない。けれど、だったら訊いてみればいいだけの話だ。
幸い冒険者ギルドの受付の口が柔らかいことは、俺たちの盗賊団討伐がその日のうちに話題になっていたことからも証明されているのだから。
ということで俺たちはノーラを探すヒントを求めて冒険者ギルドに向かうことになった。




