噂
「ただいまー……疲れた……」
部屋に戻ってきたステラはその言葉通り、見た目で分かるくらいには疲れていた。
「おかえり。ファンの子らと何かあったのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。休業のことがもう知られてるみたいで、理由を訊かれたりとか色々、ね」
「それは何とも難儀じゃのう」
慕ってくれているファンだから無下にも出来ないけど、まさか本当の理由を説明するわけにもいかないしで、誤魔化すのに苦労したというのが疲れの理由のようだ。
そういうときは風呂に入ってさっさと休んでしまうに限る、ということで俺たちは早速風呂の準備を始めた。
ちなみにこの宿は男湯と女湯がちゃんと分かれているらしい。その辺りはさすがに都会だけあった。
そうして俺は一人で男湯に向かった。脱衣所を見る感じでは、結構混んでそうだ。
浴場に入ってみると、十人余りの男たちが風呂に浸かっていた。それも筋骨隆々でいかにも冒険者といった雰囲気の人間が多数を占めている。
いくつかのグループを形成しているところを見ると、それぞれ同じ冒険者パーティーのメンバーのようだ。
俺は備え付けの木桶でかかり湯をして、なるべく人の少ない場所で風呂に入ることにした。
「そういや聞いたか、盗賊団討伐の話!」
俺が風呂に入るなり、離れた場所にいても聞こえるくらいの大声で大男がそんな話をする。
盗賊団討伐。俺たちが達成した恒常依頼の話だろうか。
「ああ、あんな三か月も放置されてるクソ不味い依頼をこなす奴がいるなんてな」
「元Dランクが四人に元Eランクが五人、元Fランクが一人の盗賊団だろ? それで何でDランク扱いの恒常依頼なんだって話だよ」
「あれだろ? あの盗賊団って絶対に自分たちより強かったり人数が多かったりする相手には手を出さないから、移動の際は2パーティー以上なら安全とかいう」
「そうそう、商人も何人かで集まって護衛を多く雇えば安全って気づいたから、最近はほとんど被害も出てなかったらしいな」
「ああ、討伐優先度が低いからDランク相当ってか。全く、ギルドの連中のケチ臭さったら無いぜ」
そう言って大きな笑い声が生まれる。
彼らの話を聞く限りでは、依頼の難易度的にも報酬的にも全く釣り合っておらず、まともな冒険者だったら確実に避ける依頼だったらしい。
まあ俺たちがまともであるはずもないのだけれど。
「お、赤刃のコンラッド討伐の話か?」
そこに他のグループの男が話題に参加する。どうやら冒険者の間では結構有名な恒常依頼だったようだ。
「俺はちょっと耳にしたんだが、あの盗賊団を討伐したのは何でもFランクの新人らしいぜ?」
「ああ? コンラッドといえば、冒険者時代はDランクに上がるまで月末のランキングで常に上位に入り続けてた有望株だろ? 生半可なDランクよりは強いって噂だったろうに、Fランクに負けたっていうのか?」
「コンラッドなら昔会ったことあるが、人格はともかく腕は確かだったな。……その新人ってどんな奴なんだ?」
「いや悪い、俺もそこまでは聞いてない」
「おい、あの依頼ってポイントいくらだったか覚えてる奴いるか?」
「確か9000だったはずだが」
「六人で割っても1500。九人パーティーでも飛び級でDランクか」
「それが事実なら、久々にやばい新人のお出ましだな」
「なら今のうちに潰しておくかぁ?」
「お前じゃ逆に潰されるだろうが」
また笑い声が大きく響く。
少々物騒な言葉が聞こえたが、どうやら冗談らしい。
実際冒険者同士は仕事を取り合うライバルではあるが、依頼によっては別のパーティーと共闘することも多く、基本的にパーティー間の関係は良好な場合が多い。
もちろん人間のやることだから全てがそうとは言い切れないが。
しかしFランクの新人が討伐したという情報の出どころはどこだろうか?
……まあ十中八九ギルド自体なのだが。
そもそもこの世界に個人情報保護なんて言葉があるはずもない。ギルド内部の人間が、世間話のつもりで簡単に情報を漏らすなんて、日常茶飯事だろう。
「まあ何にせよ、明日はちょうど月末のランキング発表だ。盗賊団を討伐した連中の名前は、Fランクの上位を見たら一目瞭然だろうな」
そういえばさっきからランキングという言葉が耳に入るが、俺はその言葉の意味を知らなかった。
とはいえ男たちの会話から、何となくは把握することが出来た。冒険者が獲得したポイントは、どうやら月末にランキング形式で各ランクごとに発表されるらしい。
そしてその発表は明日だという。
その事実を知って、俺はようやく以前クリスが言っていた言葉の本当の意味を知った。
――おぬしほどの実力者を世間が放っておくはずもない。
――今後も冒険者を続けていくなら、数か月としないうちにおぬしの実力は周囲に知れるじゃろう
おそらくクリスはランキングのことを知っていたのだろう。
だから冒険者として活動をすれば、実力的に渡り人である俺が目立つことは避けられないのだと、そう言っていたのだ。
俺は数秒だけ考えて結局、まあいいかという結論を出す。
目立ったからって、別に何があるわけでもない。それに所詮は低ランクの中での話だ。
それに俺は別に自分のことを隠すつもりは最初からない。積極的に明かすつもりがないというだけで。
その結果として渡り人であることまで知れ渡るというなら、それはそれだ。
――行雲流水。
結局のところ、物事なんてなるようにしかならないのだから、いちいち頭を悩ませても仕方がないのだろう。




