ゆっくりと
俺たちは夜までヴェリステルの街を見て回ったが、この日はノーラと出会うことはなかった。
代わりに街中で手に入れた小冊子を、俺は宿のベッドに寝転がりながら読む。それはノーラが特集されているものだった。
――ノーラ・アンテロイネン。
名高き学術ギルド≪星の天秤≫の最高位勲章、金天秤を最年少で叙勲した弱冠十五歳の天才少女。彼女の頭脳によってこの世界の学問は一気に十年以上進んだとまで言われている。また学問のみならず、北の国の生まれに稀に見られる先天的な非魔法適正者でありながら、独自の理論で生み出した付与魔法を扱うなど、多方面にその才能を発揮している。
「何か面白いことでも書いてあったかのう?」
「んー、大体はステラから聞いたとおりのことばかりだけど、先天的な非魔法適正者って部分と、付与魔法ってのは気になったかな」
「ふむ。儂も最近の事情には疎いのでな、付与魔法の方はよく分からんが、非魔法適正者というのは古くから聞いた話じゃのう。北の国は消魔石の産地として知られておるが、その土壌にも少なからず消魔石が含まれておるようでの。そこで取れた農作物の影響によってか、稀に生まれつき魔法が扱えない子供が生まれてしまうようなのじゃ」
「なるほどな。……もしかしたらステラもそうなのかも知れないな」
ステラは以前、魔法とかからっきしだと自分で言っていたし、魔法を扱っているところも見たことがない。
今まではたまたまそういった話題になることがなかったけれど、ステラが魔法を扱えないのだとすれば、そういった先天的な理由なのかも知れない。
ただこれは若干デリケートな話題だ。俺が無神経に触れていい話題なのか、少し判断に困る。
「無神経も何も、儂らは今さら過ぎると思うがのう……ステラの過去にしても、根掘り葉掘り聞いてしまった後じゃし」
「……それもそうだな」
これでは俺がまるでデリカシーのかけらもない人間のようだが、実際そうなのだから仕方ない。今さら遠慮したところで、ステラとの関係がどうなるわけでもないだろう。
ちなみにステラは今、宿のロビーでファンに囲まれている最中だ。
ラドーム村は田舎だったからかそういったことはなかったが、ヴェリステルのような都会ではしばしば起きるらしい。ステラも対応に慣れているようで、先に部屋に戻っているように言われたので俺たちはこうして部屋で時間を潰していた。
それにしてもステラは本当にこの世界の有名人なんだなと、俺は改めて実感する。元の世界でいうところのアイドルのような存在だろうか。
そういえばステラのファンは、圧倒的に女性の方が多かった。
ステラの美貌と抜群のプロポーションに憧れを抱く女性もいたのだろうが、何よりその驕らない性格とストイックな生き様にこそ、ファンの彼女たちの尊敬の念が込められているように感じられた。
けれど、彼女たちは知らないのだ。
ステラのその生き様が、どんなに悲痛な想いによって成り立っていたのかを。
ステラは確かに特別な才能を持つ魅力的な女性だけど、同時に自分たちと同じ一人の人間でしかないのだと、きっと彼女たちは知らずに憧憬の対象としているのだろう。
まあ、だからと言って何だというわけではない。それが悪いことであるはずもないのだから。
「さてシンよ。おぬしは今後、どういった旅のプランを考えておるのじゃ?」
「ああ、そういえばドラゴンの魔石の換金も終わったし、目先のやるべきことは無くなったんだったな」
「うむ。ノーラを探すのはまあ良いとして、その後はどうする? 儂としてはしばらくこの街を拠点として、この世界のことを知っていくというのは悪くないと思うのじゃが。学問の街だけあって、書物の類も広く出回っておるしのう」
確かにこの世界のことを知るという俺の目的を考えれば、この街以上に適した場所もそうないだろう。
それに今までの旅では街や村を訪れても二泊程度の滞在しかしておらず、その場所のことをちゃんと知れたとは言い難い。
そもそもイニスカルラだって聖地と言われる場所だというのに、多くの旅人がそのために訪れるとされる教会を見る前に立ち去ってしまった。そのときは何も思わなかったが、少しもったいなかったかも知れないと今になって少しだけ思う。
ラドーム村では鎮魂祭を特等席で見ることが出来たので、この世界の宗教的文化を知るという意味では貴重な体験にはなったのだけれど、逆に言えば普段のラドーム村の生活といったようなものはほとんど知ることが出来なかった。
考えてみればこの世界を知るためと言いながら、ずいぶんとせっかちな旅をしていた。
まあアウルとの約束の日時からしてラドーム村にはあれ以上滞在することは出来なかったので、そっちは仕方ないのだけれど。
……よし、決めた。
「そうだな。少しこの街でゆっくりしてみるか」
別に何かを急ぐ旅ではない。
それに急いだからといって、俺の目的が達せられるわけでもなかった。
それならば今回は時間に追われることなく、気の許すまでこのヴェリステルに滞在してみよう。
きっとこの街は面白いものに溢れている。
だから餃子型のクレープなんて、それこそ氷山の一角に違いないはずだった。




