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無欲

 魔法ギルドでドラゴンの魔石を含めて手持ちの魔石を全て換金し終えた俺たちは、次の目的地である冒険者ギルドに向かうことにする。


 それにしてもドラゴンの魔石は思っていた以上の高値で買い取ってもらえた。

 そういえば金貨というのは一般の生活で扱われる通貨ではなく、普通の店ではまず使えないらしい。

 だからその必要があるなら両替商を介するか、高級品も取り扱う大規模店舗などで使うかになるようだ。


 金貨でそれならさらに十倍の価値がある大金貨なんて必要ないのではないかと思うが、実際のところ一般には全く出回っておらず、国家間の取引などでのみ扱われるものらしい。


 一般人の生活であれば、家や馬車を買うなどの特殊な場合を除いて、銀貨以下だけで大抵は何とかるのだとか。


 しかし何というか、思いがけず大金が手に入ってしまった。半分はクリスのものとしても、どこかの街で家を買って定住するくらいの金額は充分にある。

 とはいえまだしばらくは旅を続けるつもりなので、今はあまり関係ない話ではあるけども。


 などといったことを考えながら歩いていると、ふとクリスの視線を感じた。


「………………」

「ん、どうかしたかクリス?」

「いや。おぬしは大金を手に入れても特に舞い上がったりせんのじゃな、と思っておっただけじゃ」

「そうか? 俺的にはかなりテンションが上がったつもりだったけど」

「クリスの言いたいことは私も分かるわ。普通の人は大金を前にすると、もっとギラつくというか、欲が顔を覗かせるから」

「欲?」

「例えば豪遊して散財したり、もしくは味をしめてまた危険な魔物を自ら求めてお金を稼ごうとしたり、そういう普段とは違うことをしようとするってことね」

「ああ、なるほど。……でも大金を手に入れたからって、別に今すぐ欲しいものなんてないんだよな」


 そもそも俺はこの世界に来てから一度もひもじい思いをしたことがない。魔石の買い取りのおかげで最初から金銭的には余裕のある旅をしてきたし、何なら多少の贅沢は今すぐにでも出来るだけの資金はあった。


 それでも特に羽目を外すこともなく、かといって特別節制するわけでもなしに、ただのらりくらりと普通に旅をしてきた。


 それはこの世界で何が買えるものなのかを、俺がまだよく知らないということもあるのだろうけど。しかしそれ以上に、俺は今の状況で充分に満たされているからなのかも知れなかった。


 今の俺は剣と魔法のファンタジー世界で、信頼出来る仲間と共に旅をしている。何ものにも縛られず、自由気ままに。これは元の世界では絶対に出来ない経験だったに違いない


「……無欲じゃのう。まあおぬしらしくて良いがな」

「そうね、私もそう思う」

「というかそれを言うなら二人だって同じだろ?」

「儂は国にいた頃はそれなりに贅沢な暮らしをしておったし、追放されてからも魔物狩りで金銭に困ったことはないのでな。大金などと言っても今さらなのじゃ」

「私も踊り子としては一番の売れっ子だからね。ギルドに管理を依頼している総資産なら、たぶんさっきシンが手に入れた額の十倍くらいはあるのよ」


 つまり二人とも大金なんて見慣れているし、今さら欲で身を亡ぼすような精神構造もしていないということらしい。金銭に執着がないという意味では似た者同士なのかも知れない。


 執着がないと言っても、もちろんお金がなければ生きてはいけないので不要という訳ではないけれど。

 もしかしたら二人が本当に欲しいものは、どちらもお金では手に入らないものなのかも知れない。


 だとしたら、俺の場合はどうだろうか。

 そもそも俺は何がしたくて、何になりたくて、何が欲しかったのだろう。


「それにしてもさっきのミレイさんって人、何だか不思議な人だったわね」

「うむ。人間にして魔族以上のマナを持つ、希代の天才魔法使いじゃとは聞いておったが……想像以上の曲者じゃな」


 俺が考え事をしていると、クリスとステラはさっき出会ったギルドマスターのミレイについて話し始めていた。


 確かに不思議な人で、同時に曲者だとも思った。

 何というかあの人は地に足がついていないというか、どこか遠くを見つめているような感じだった。


 今自分がいる場所には興味がなく、果てしない夢や目的をひたすらに追い求めているかのような雰囲気。


 あまりしっかりと話をしたわけではないけれど、その点に関しては俺と正反対の人物ということだけは確かだろう。


 何てことを考えているうちに、俺たちは冒険者ギルドに到着するのだった。

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