野営
戦いの後始末を終え、俺たちは旅を再開する。
そういえば後始末の最中にクリスが、盗賊のリーダーらしき男が持っていた持ち手も刃も赤い短刀を回収していた。恒常依頼の達成の証明に必要だという。
クリスが語る依頼書に書かれていた情報によると、この男は赤刃のコンラッドと呼ばれていたようだ。冒険者として短期間でDランクまで駆け上がった有望株。
しかし自身の上昇志向と仲間の安定志向で意見が分かれ対立し、当初のパーティーは解散。以降も強い上昇志向を持つ仲間を集めて活動を続けるが、やがて実力に見合わない依頼を受けた彼のパーティーは壊滅する。
運よく生き残ったコンラッドは、それ以降冒険者としての活動を諦め、盗賊として生きていくことになる。細々と活動を続けながら同じような境遇の仲間を増やし、徐々に勢力を増した盗賊団は、冒険者ギルドとしても無視できない存在となった。
恒常依頼が出されるようになった背景はだいたいそんな感じらしい。
「まあ特に珍しくもない、よくある話じゃな」
クリスは淡々とそう言った。
この世界だけに限らず、それはよくあるタイプの話なのは間違いないだろう。
そうして岩場を抜けた後も夜まで歩き、俺たちは簡易なテントを使った野営の準備をして三日目の活動を終える。
ここまでは思いの他順調で、もしかしたら一日ほど早くヴェリステルに着けるかもしれない。まあこれから先何があるかは分からないし、特に急ぐ理由があるわけでもないのだけど。
そういえば野営をする場合、普通のパーティーなら交代で見張りを置くものらしいが、俺たちの場合はクリスが周囲を警戒する魔法を使い、何者かが近づけば即座に察知できるとのことで見張りは必要なかった。
俺たちは普通より人数が少ない上に、ステラが見張りの役目を果たせないこともあって、クリスの魔法には本当に助けられている。主に睡眠時間的な意味で。
そうして全員で一緒に眠っていたが、ふと俺は目が覚めてしまう。
寝なおそうとするが、なかなか眠気がやってこない。仕方ないので、適当に考え事をすることにした。
そういえば今日、俺は初めて人を殺した。それも三人。
その瞬間は必死だから何ともなくても、もしかしたら後から精神的に参ってしまうこともあるかと思っていたが、特にそんなこともなく。
俺の心は不思議なほどに平静を保っていた。
「もう少し、何かあるかと、思っていたんだけどな……」
「……人を殺したことが、かのう?」
「何だクリス、起きてたのか」
「儂から見れば、おぬしは充分にショックを受けているように見えるのじゃがな」
「ショックなぁ……それが本当に不思議なくらい、何も思わないんだよ」
「うむ。じゃからおぬしは、人を殺しても何も思わなかった自分に、ショックを受けておるのじゃろう?」
「…………そうかもな」
本当にクリスは人のことをよく観察している。
百年以上生きているという人生経験によるものなのだろうか。
何にせよ、確かにクリスの指摘どおりかも知れない。
この世界に来る前の俺だったら、どんな理由であれ人を殺せば大きなショックを受けたはずだ。
だったら何故今の俺はそうじゃないのか。そうじゃなくなったのか。
この世界に慣れた。
この世界の価値観に染まった。
あるいはそんな理由なのかも知れない。
けれど、もしかしたら――。
――渡り人の力を持ったから。
強大な力は時に人を狂わせる。俺だけが例外であるはずもない。
俺はこの世界で何をするのかは、自分で決めることを心に誓った。
この世界でも俺は俺のまま、俺らしく生きる。そのはずだったけれど。
果たしてそれは、本当に可能なのだろうか。
俺は自分の意思で全て選んでいるつもりだけれど、本当のところは渡り人の力に選ばされていたりしないだろうか。
もしくは逆に、俺は渡り人の力がなくても、同じように選べるだろうか。
……とかなんとか思っちゃったりなんかして。
「というかちょっと最近、自分の力をあてにし過ぎているような気もするんだ」
「ふむ? それの何がいかんのじゃ?」
「そもそも渡り人の力のことを、俺は知らなすぎるんだよ。いつ得たのか、何故得たのか、何のために得たのか。本当のところ、俺は何一つ分かっていない」
「確かにそうじゃな」
「仮に何者かが意図をもって俺に力を与えたのだとすれば。この力をあてにして俺が選んだことは、その誰かに選ばされたのと同じでさ。それはそいつの手のひらの上で踊っているようなものだろ?」
「なるほどのう、おぬしはそれが気に食わんのじゃな。何というか、おぬしは潔癖じゃのう。儂からすれば渡り人の力を得なかったおぬしというのは、そもそも存在しない架空のものじゃからな。渡り人の力を持つおぬしだけが本物じゃと思うが」
「……何だか難しい話になってきたな。この話はもう終わりにしよう」
だんだん話が哲学じみてきた気がする。
いやまあ元々俺に関する哲学をしていたような気もするから仕方ないのだけど。
まあ簡単に言えば、知らず知らずのうちに、俺自身が結構変わってしまったよな、ということで。
俺はまだその変化に戸惑っている、という話だ。
「……何にせよ、儂はシンが道を外れればそれを正すつもりじゃし、それでも罪を犯したなら共に背負う覚悟もある。仲間として旅を続ける以上、おぬし一人を苦しめたりはせぬから安心せい」
「……はぁ。何かクリスって、やたらと俺に甘いよな。まるでおばあちゃんみたいだ」
「なっ、誰がおばあちゃんじゃ!」
「もう、二人ともうるさい!」
俺がからかったことでクリスが大声を出したせいか、眠っていたステラを起こしてしまう。
これは完全に俺たちが悪いので、俺とクリスはただただ謝るしかなかった。
とりあえず、クリスのおかげで少しだけ気持ちも楽になった気がする。
本当につらくなったときには、遠慮したり恰好つけたりせずに、クリスに甘えてしまうべきなのかも知れない。俺の性格的には難しい話ではあるけど。
まあ何にせよ、今はまだその時でないことは確かだった。




