弱者の戦い方
盗賊に言われるまま武器を放り投げつつ、俺は思う。
――何というか、俺は人間との戦いというものを正しく理解していなかった。
この盗賊団たちは決して実力があるわけではない。高くてもせいぜいDランクの冒険者くずれの集団だ。
けれど今まで俺が戦ってきたどの魔物よりもクレバーで狡猾だった。
こちらがどれだけ人数的に劣っていようと、見た目が弱そうであろうと、決して手を抜かずに自分たちが有利となる戦い方を徹底してきた。
盗賊団の人間は、自分たちが冒険者として落ちこぼれるくらいに弱いということを正しく自覚している。
故に磨かれ、徹底された弱者の戦い方。
魔物にはないドクトリンの存在が、俺の考慮からは抜け落ちていたのだ。
ということで反省終了。
次はもっと上手くやらないといけない。
そう思いながら俺が瞑目した、次の瞬間――。
「氷術――ホワイトアウト」
クリスのその魔法が発動すると、空気中に生まれた氷の粒が光を乱反射し、世界は白く染まる。
ちなみにクリスは別に杖を持たなくても魔法が使えるし、俺だって同じだ。
だから魔法使いから杖を奪うことは、魔法使いを無力化することにはならない。
けれど本来、魔法使いが魔法を発動するためには、高い集中力とある程度の時間が必要になる。
杖はそのためのルーティンの一部だった。
そもそも目の前で魔法使いが集中して魔法を発動しようとしたなら、攻撃して妨害すればいい。
杖を奪えばそれがさらに容易になる。
無力化出来なくとも、意味がないわけではない――相手がクリスほどの使い手でなければ。
魔法の発動の気配を見てから妨害すればいいと考えていた盗賊たちは、クリスが魔法を発動しようとしたことにさえ気付けないまま、光で視界を奪われた。
俺は目を瞑ったまま走り出し、まぶたの裏に描いた光景に従って、まず放り投げた剣を拾う。
そのまま数歩進み、剣を振る。肉を斬る確かな感触。
続けてその隣にいるはずの盗賊も斬る。あっけなく首が落ちる。
そうして包囲を破り、次はステラの救出を図る。
ステラを拘束する盗賊は光で視界を奪われたことに驚き、一歩後ずさりをしたようだ。
感覚でその位置を正確に掴み、ステラに短刀を突き付けているその腕をまず切り落とす。
同時にステラをこちらに引き寄せると、盗賊に追撃してとどめを刺した。
まぶた越しに感じる眩しさが和らいだのを確認して、俺はようやく目を開ける。
そこには盗賊団の十人が倒れていた。少し前までは命だった、その肉塊が――。
俺が殺したのは三人。残り七人は全てクリスの戦果だ。
「………………」
「…………シン?」
「いや悪い、何でもない。それよりステラ、大丈夫だったか?」
「ええ、あなたたちを信頼しているから」
「とはいえ人質にされて顔色一つ変えないというのは、さすがに平然とし過ぎじゃろう」
「いいでしょ、別に」
クリスがニヤニヤとしながら、遠回しにステラの神経の図太さを指摘してからかった。
そうして普段通りの和やかな空気が流れる。十人の死体に囲まれたまま。
それにしてもやっぱりというか何というか。
この二人にとっては、あるいはこの世界の人間にとっては。
人が死ぬということ。特に悪党である盗賊のような人間が死ぬということは、ごく当たり前の出来事に過ぎないようだ。
日常的に魔物やこうしたならず者の脅威にさらされていて。
だから人の命がなくなるということに、慣れている。
「それにしてもシンとクリスって、本当に息がぴったりよね。今の戦い方だって、元々準備してたわけじゃないんでしょう?」
「うむ、完全に即興じゃな」
「個別でも強い上に連携も完璧……下手にパーティーの人数を増やす必要はなさそうね」
「………………」
「シン、おぬしさっきから考え事をしておるようじゃが、どうしたのじゃ?」
「ああ、いや。またステラを危険な目に合わせてしまったからな、反省してるんだ」
俺は戦闘以外の面はまだまだ素人で、今回のように周囲の警戒なんかはかなりお粗末だ。そこは冒険の中で慣れるしかないのだとクリスは言っていたが、早いうちに何とかしないとそのうち足元をすくわれかねなかった。
今回も盗賊団が金品の強奪を目的に、最初から俺たちを殺すことだけを目指していれば、もしかしたらステラだけは殺されていたかも知れない。
まあ実際はクリスの治癒魔法があるからまずそうした事態にはならないし、俺も煙幕の中で仮にそうした殺意を感じていればなりふり構わずに対処するつもりではあったけど。
しかし今回は盗賊団が下卑た欲望に目を眩ませて、女の子であるステラを(あるいはクリスも含めて)生かしたまま捕えようとした。
盗賊たちは有利な状況になって、欲が出た。その瞬間、自分たちが弱者であることを忘れた。
魔物とは違う人間ならではの戦い方に俺たちは追い込まれ、人間ならではの考え方に助けられた。
それは面白い話だと思う。笑えないけど。
「というか、私のことはそんなに気にしなくていいわよ? 危険は承知で仲間になったんだし、何なら囮に使うくらいの気持ちでいいからね?」
「いや、それもどうかと思うのじゃが……」
表情が晴れない俺を気遣ってか、そんな風におどけた調子でステラは言い、クリスがツッコミを入れる。
そんな二人の優しさを感じて、俺は小さく笑った。
今回の盗賊団との戦いを反省していたというのは事実だ。
けれど俺が本当に心の奥底で考えていたのは、また別のことだった。
――人を殺したこと。
手に残るその確かな感触。しかしそれについて思いを巡らせてみても、俺は何も感じなかった。
殺すことに躊躇いはなく、殺したことに後悔もない。
それはこの世界に生きる人間にとっては当たり前の感覚なのだろうけれど。
それでもこの世界のそうした価値観に、少しずつ染まっていくことは――果たして良いことなのだろうか?




