ユモレス森道
順調に旅を続け、五日目。
俺たちはこの旅で二つ目、というか最後の難所に差し掛かる。
――ユモレス森道。
森の中に一応整備された道が通っており、定期便以外にも多くの商人や冒険者が行き来する場所となっている。
それと同時に、冒険者や商人が最も多くの被害を出す場所でもある。
ここはダンジョン化するほどではないが、マナが溜まりやすく危険な魔物も生息しているのだという。
定期便が護衛に力を入れているのもここを安全に越えるためらしい。
俺は盗賊との戦いの反省を生かし、気を引き締めて周囲を警戒しながら進む。
すると早速、俺は木の上に半透明でどろっとした粘液状の魔物を見つけた。
大きさは全部集めたらバスケットボールくらいにはなりそうな感じだ。
「あれは……スライム、か?」
「うむ。気を付けるのじゃぞシン、あれは――」
クリスが説明をしようとした瞬間、そのスライムが俺めがけて飛びかかってきた。
俺はとっさに剣を振り、スライムを斬る。
空中で真っ二つになったスライムは、そのまま黒い霧となり、魔石を残して消滅した。
「ん?」
何というか、あっけない。あっけなさすぎて逆に不安になる。
けれど魔石が出た以上、スライムを倒したのは間違いないようだ。
「――物理攻撃が効きづらいから、魔法で対処するように言おうとしたのじゃが」
「ああ、だよな。そんな気はしてたんだ」
そんな気はしていたけど、咄嗟のことだったので魔法も乗せずにそのまま斬ってしまった。
斬ったら爆発するとかじゃなくて本当に良かったと思う。
「私、スライムを斬った人って初めて見たわ」
「え、そこまでなのか?」
確かに剣を振ったときに少し刃が通りにくい感覚はあったが、斬れないほどではないと思ったんだけど。
「……まあよい、普通に剣で倒せるならその方がおぬしも楽じゃろう」
「いや、次からはクリスの教え通りちゃんと魔法を使うよ」
有効な対処法があるなら、それを使うに越したことはない。
それ以降もナックルエイプという猿のような魔物が襲ってきたが、先頭を歩く俺にばかり向かってくるので、特に問題なく対処していく。
やはり危険度の低い魔物というのは、力だけでなく知能も低い。
そんなことを考えながら森道を進んでいくと――。
――突然の、大きな咆哮。
空気を震わせるようなそれに、俺は確かに聞き覚えがある。
「これって……」
「アサルトウルフ、だな」
不安そうな声を上げたステラに、俺は言う。
それは俺がこの世界に来て、最初に襲われた魔物だ。
目にも止まらぬ速さで動き、鋭い牙で的確に急所を狙ってくる。
防御面も鋼のような体毛で生半可な攻撃は防がれてしまう。
俺はあれ以来様々な魔物と戦ってきたが、一番大きな被害を受けたのがアサルトウルフだった。
死にかけた、というか偶然クリスに助けられなければおそらく死んでいた。
堅くて速くて、単純に強いからこそ厄介な魔物だ。
「しかし困ったのう。咆哮が聞こえたということは、すでに儂らは狙われておるのじゃが……ここは見通しが悪すぎる」
「……確かにそうだな」
アサルトウルフには捕捉されているが、まだこちらはアサルトウルフがどこにいるか分からない。
アサルトウルフは草陰から、俺たちが隙を見せるのを狙っている。今はまさにそんな状態だ。
アサルトウルフの速さで襲われたとき、俺が狙われたなら対処は出来るだろうが、後ろのクリスとステラが狙われたときは、少し厄介かも知れない。
そもそも魔法使いはアサルトウルフと相性が悪いと言われているのだ。
「なあ、クリスはアサルトウルフの速さに対処できるのか?」
「自分が狙われた場合は何とでもなるが……それ以外の場合は、魔法が間に合うかどうか五分五分といったところじゃな」
「そうか……ならステラは俺が守るということで」
「すまぬが、そうしてくれると助かるのじゃ」
用心深いクリスが五分五分というならおそらくは七割以上は対処できるのだろうけど、それでも確実でない以上はこうした方がいいだろう。
「じゃあステラ、右手を出してくれ」
「ん、こう?」
差し出されたステラの右手に左手を重ね、強く握る。
「その手を離さずに、もし俺が手を引いたときは逆らわずに身を委ねてくれ」
「……分かった」
返事をしたステラは俺の手を強く握り返す。
これで準備は万端だ。
俺たちはアサルトウルフの襲撃を警戒しながら、ゆっくりと森道を進行していく。
そうしていると――左の草むらが微かに揺れ、飛び出す魔物の影を確認する。
俺は瞬時にステラを俺の背に隠し、飛び出してきた魔物に剣を振る。
しかし、その魔物はアサルトウルフではなくナックルエイプだった。
「なっ――」
同時に殺気を感じる。それは俺がこの世界に来た時に感じたものと同じだった。
ただし、それを向けられているのは俺ではなく――ステラだ。
アサルトウルフは群れを成さない。
だからといって、襲い掛かってくるのがアサルトウルフだけとは限らない。
偶然襲撃のタイミングが重なることは、だから充分にあり得たのだ。
左のナックルエイプに俺が剣を振ったタイミングで、右の草むらからアサルトウルフがステラを狙って飛び出す。クリスもナックルエイプに一瞬注意が向いていた。
誰もステラを守ることが出来ない。俺たちにとって最悪といえる状況。
最悪――だから、何だっていうんだ?
戦えないからと、一度仲間になることを拒んだステラを、それでも連れ出したのは俺だ。
俺はステラを守ると誓った。そんな俺をステラは信頼してくれた。
強く繋がれたこの手は、その証だ。
だったら俺は、その信頼に応える以外に、考えることはない。
だから――。
正直に言うと、その後のことを俺はよく覚えていない。
次に気付いたときには、俺はステラに膝枕をされた状態でぶっ倒れていた。
「あれ、俺は……」
「目が覚めた? クリスが言うには無理のし過ぎだって。前にもあったから心配するなって言われたけど」
「ああ、そうか」
どうやらドラゴンと戦ったときのあれが、今回も起きたらしい。
俺がぶっ倒れているのは前と同じで、人間の限界を超えた反動だろう。
「で、さっきのシンは何をしたの? 私にはシンが左右の魔物を同時に倒したようにしか見えなかったけど……」
「俺もよく覚えてないけど、たぶんステラが見た通り、左右の魔物を同時に倒したんだろうな」
「そんなこと出来るわけないでしょ!? しかもあのときは私と手を繋いでいたのに――」
「出来るわけがないことをしたから、俺は今こうなってるんだよ……たぶん」
きっとこうしてぶっ倒れているのは、道理を無理で押し通した反動だろう。
だからクリスが言う無理のし過ぎというのは、この上なく的確に事実を表していた。
「ああ、そういえばクリスは?」
「周囲の安全確保って言って、この辺りの魔物と一人で戦っているみたい」
「そうか」
まあクリスなら心配することはないだろう。
とはいえ俺だっていつまでも寝ているわけにはいかない。
そう思って俺は何とかして体を起こそうとするが、どうにも上手くいかない。
「無理しない方がいいわ。だからシンはもう少しだけお休み、わかった?」
「……わかった」
「それならよし」
そう言ってステラは膝枕を続けながら、俺の頭を撫でる。
それは恥ずかしくて、照れくさくて。けれど心地よくて。
結局俺はそのまま、しばらくステラのなすがままにされるのだった。




