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幕間:クリスと歪んだ従者

 クリスはシンたちと共に食事を終え、一旦自分の部屋に戻る。

 そうして椅子に座って一息つくと同時に、クリスは強烈な悪寒に襲われた。


「……っ! ……まさか、こんなところで見つかってしまうとはのう」


 自身の存在をアピールするようにクリスに向けて放たれる指向性の強いマナの波動を苦々しく思いながら、クリスはそう吐き捨てる。


 そのマナの持ち主はひどく懐かしく、けれど可能であるなら今後生きる上で関わらずに済ませたい相手だった。


「とはいえ、無視するわけにもいかんのじゃろうな」


 あくまでクリスに話があるからこそクリスにだけ伝わる方法で呼び出しているが、ここで無視をすればもう少し乱暴な手段に打って出る可能性は充分にある。つまりは、そういう相手なのだ。


 呼び出しに応じるしかないクリスは、一人で宿を離れ、村の外れまで歩いていく。


 そこにいたのはメイド服を着た女性だった。髪も瞳も、氷のような冷たさを感じさせる青色。すらっと伸びたスレンダーな肢体と整った顔立ちが、そこから受ける冷たさをさらに助長しているようにさえ思わせる。


「お久しぶりです……お嬢様」

「儂はもう令嬢などではない、ただの一般人じゃ」

「それでも私にとっては、たった一人のお嬢様ですから」

「……ふん。それで、今になっておぬしが姿を現すというのは、何が目的じゃ?」

「もちろん、親愛なるお嬢様をお迎えにあがりました」


 迎えという言葉に、クリスは一瞬体を固くする。

 それはまだ始まったばかりの、シンとの冒険の終わりを意味する言葉だからだ。

 とはいえ、もちろんクリスもそんな言葉に従うつもりはさらさらない。


「ヴェロニカ、儂がそれに素直に従うとでも思うのか?」

「思いません……今のところは」


 ヴェロニカと呼ばれたメイド服の女性は、含みのある言葉で返す。


「大体、儂は国を追放された身じゃぞ? 貴族であった父上亡き今、忌み嫌われる混血である儂を守る後ろ盾は存在せぬ。おぬしの一存で儂を連れ戻したところで、どうにもならんじゃろう」

「ではもし、それらの問題が全てクリアされるのであれば、お嬢様は国に帰ってきてくださいますか?」

「いや、帰らんが」


 クリスは故郷である国に、もはや何の未練も残ってはいない。人間である母も、魔族である父も、すでにこの世にはいない。だからあの国に残っているのは、クリスに差別の目を向けてきた者たちだけだった。


「儂はこのまま自由気ままに世界中を旅して、適当に暮らしていくつもりじゃ。あの国に戻る理由も意味もない」

「まあ、そうおっしゃるとは思いましたが」

「……そこまで分かっていながら、何故今になって儂の前に姿を現した?」

「…………お嬢様の死を見ました」


 ヴェロニカは淡々と言う。クリスの死を見た、と。


 彼女は魔族の中でも稀有な、未来視の魔法を扱うことが出来る存在だった。といっても未来視の魔法で見たものは確定事項ではなく、現状のままであれば最も起こりうる確率の高い出来事というだけだ。


 つまりヴェロニカが見た未来は回避することが出来るということである。


 だからクリスも冷静に、それこそ他人事のような雰囲気で言葉を返す。


「ふむ、してそれはどんな内容じゃ?」

「黒い鎧を着た隻眼の剣士にお嬢様は殺されます。まだしばらくは先でしょうが、それでもおそらくは一年以内に」

「黒い鎧を着た隻眼の剣士……聞いたこともないのう」


 クリスを殺せるほどの実力者となると、大抵は何かしら名前を残しているはずだった。

 例えばこの近隣で最強の人間といえば、真っ先に名前が挙がるのはユーニス教会騎士団の≪神槍≫ベアトリスだが、彼女の鎧は白で、装備は槍と盾だ。

 各国の将軍クラスや、傭兵団、冒険者など、一通り有名人の特徴はクリスも把握しているが、全ての条件に当てはまる者は一人もいなかった。


「何にせよお嬢様の命に関わる問題です。一年だけで構いません、どうか我々の国に戻ってきてはくださいませんか?」

「……相変わらずおぬしは儂を、それこそ箱の中にでもしまっておきたいのじゃな」

「ええ、それでお嬢様を守れるのでしたら」


 クリスの身を守ることがヴェロニカにとっての至上命題であり、そのためにはクリスの意思を無視することも厭わない。

 そんな歪んだ、愛情と呼べるかさえも不確かな何かを、ヴェロニカはクリスに対して持ち続けている。

 それはクリスが生まれ、自身の命の恩人であるクリスの父に、クリスを守るように託されたときから、ずっと。


「悪いが、おぬしの自己満足に付き合ってはやれん」

「死ぬことになっても、ですか?」

「無論じゃ」

「……そんなにあの少年のことを気に入りましたか?」

「何?」


 唐突に話に出てきた「少年」という単語に、クリスは少し動揺する。それは間違いなくシンのことだった。

 ヴェロニカがシンのことを知っているのは別に不思議ではない。しかし、どうして今その話が出てくるのか。

 ――嫌な予感がした。


「純粋で、誠実で、真面目で。ああいったタイプがお嬢様の好みだとは意外でした」

「儂も、おぬしがそんな下世話な話を好むタイプだとは思わなかったのう」

「まさか。……そういえば言い忘れておりましたが、私が見た未来でお嬢様が殺されるのは、あのシンという少年を庇ったからなのです」


 そこまで聞けば、クリスはヴェロニカが何を言うつもりなのか理解出来た。

 そうしてヴェロニカはやはり淡々と、感情を感じさせない声でクリスが予想した通りの言葉を告げる。


「お嬢様が国に戻りたくないとおっしゃるのであれば……そうですね、あの少年を殺してしまいましょうか」

次回も三人称で続きます

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