幕間:クリスと歪んだ従者2
ヴェロニカの目的はクリスの死の未来を回避することだ。
そのためにクリスを国に連れ帰り、旅をやめさせることを第一の手段に考えた。しかしそれはクリスに拒否されたため、第二の手段を持ちだす。
「シンを殺すじゃと?」
それがシンの殺害だった。シンを庇った結果クリスが死ぬのであれば、庇う対象がいなくなればクリスが死ぬことも無くなる。単純な理屈である。
「ええ、それならばお嬢様が旅を続けることも出来ますし、何も問題はないでしょう?」
――何も問題はない。
それは皮肉でも何でもなく、ヴェロニカは心の底からそう考えているのである。
ヴェロニカは混血であるクリスを差別してはいないが、やはり国にいる他の魔族と同じように、人間に対しては強い差別意識を持っていた。一人だけ、クリスの母だけは例外ではあったが。
ヴェロニカはシンを殺すことに一切の葛藤がない。躊躇がない。罪悪感すら覚えることなく、それを淡々と為すことが出来る。
「問題大ありじゃ! そのようなこと、儂が認めるわけないじゃろう!」
渡り人であるシンも、冒険者としてはまだまだ素人だった。正面から正々堂々と戦うならまだしも、周囲の警戒や気配の察知も不慣れな現状、最も怖いのは不意打ちによる暗殺だ。
そしてそれは、多種多様な魔法を操る魔族のヴェロニカが最も得意とするものだった。
「相変わらず頑固ですね、お嬢様は……それで、認めないならどうされるおつもりですか? 国に戻っていただけるなら、私としても楽なのですが」
国に戻るか、シンを殺すか。
ヴェロニカはその二者択一を迫る。それ以外の選択肢は無いのだと言外に語りながら。
もちろんクリスは、その二つの選択肢のどちらも選ぶつもりはなかった。
「儂は国には戻らんし、シンにも手出しはさせん。それでも無理を押し通そうというなら……儂はおぬしを実力で排除するのみじゃ」
「……お嬢様に戦い方を教えたのが誰か、お忘れではありませんよね?」
「おぬしこそ、儂にはもう教えることはないと言ったこと、忘れておるのではないか?」
ヴェロニカはメイドでこそあるものの、その実力はなかなかのものだった。魔法の扱いに関しても、純粋な魔族であるヴェロニカは混血のクリスにとって格上に当たる。
そして何より厄介なのが、未来視の魔法だった。
遠い未来を見る分には情報も曖昧で、些細なことで未来が変わることも多いが、こと数秒後などを見る場合においては、実質的な未来予知として機能するのである。
もちろん常時発動出来るような魔法ではないが、ここぞという場面で戦況をひっくり返すことが出来る力をもった、まさしくヴェロニカの切り札だった。
危機的状況においても、自分が次の瞬間どのような攻撃を受けるのかを見て、それを避けることで攻撃を受ける未来を変えることがヴェロニカには出来る。
しかしそれを知っている上で、クリスは充分に勝算があると考えていた。
どんな攻撃をするのかばれてしまうのであれば、分かっていても避けられない攻撃をすればいい。
そしてあらかじめこの状況を想定して、クリスはそのための術式を準備していた。
「氷爆――『アイスノヴァ』」
突如として空中に出現した巨大な氷柱が爆発し、無数の氷の矢となって豪雨のように降り注ぐ。
かなりの広範囲に渡る攻撃であるため、ヴェロニカは分かっていてもすでに回避が間に合わず、魔法によって防御するしかなくなる。
ヴェロニカは無詠唱で漆黒の炎を放ち、氷の矢に対処する。
「発想は悪くありませんが、広範囲魔法ではさすがに威力不足です。……っ!?」
次の瞬間、ヴェロニカはクリスに背後から杖で殴られる未来を見た。
咄嗟に横に跳び回避したが、そこにはすでにクリスの氷の魔法が襲いかかっている。
それにも何とか魔法で対処するヴェロニカだったが、そこにまたクリスは近接攻撃を仕掛けていく。
「おぬしは、変わった未来のその先までは見えんのじゃったよな?」
「ええ、覚えていましたか」
「無論じゃ。昔、何度そのずるい未来視に煮え湯を飲まされたと思っておる」
かつてヴェロニカに戦闘訓練を受けていた頃、クリスは好機を作ってはことごとく未来視によって潰され続けてきた。
しかしヴェロニカの未来視は常時発動が出来るわけではなく、また一度発動して危機を回避して未来を変えた場合、新しく生まれた未来を知るためにはもう一度未来視を発動させる必要がある。
そのことに気付いたかつてのクリスが編み出したヴェロニカ対策。それこそが、未来視を一度使わせたらその後はひたすら攻め続けて押し切ることだった。
杖を振り、突き、間合いが離れそうになれば魔法を放ってまた距離を詰める。
ひたすらインファイトで、泥臭く戦うクリス。普段の華麗な魔法捌きとは全く異なる戦い方だった。
そして決着は唐突に訪れる。
「闇術――『ダークバインド』」
ヴェロニカの唱えた魔法が、クリスの身体を拘束する。両手足の動きを魔法の鎖で封じられ、両手を吊りあげられる。
「くっ……!」
「戦術は悪くありませんでした。ただ、短期決戦で決め切れなかったのがお嬢様の敗因です……大変申し上げにくいのですが、お嬢様は昔より確実に弱くなっています」
「………………」
それはクリスも自覚していることで、だからこそシンにも本調子ではないからとダンジョン攻略を手伝ってもらったのだ。
「まあいいです。その拘束はお嬢様でも簡単には外せません。ですからお嬢様が邪魔出来ない今のうちに、私はあのシンという少年を殺してきます」
淡々とヴェロニカは告げる。
この状態では確かにクリスは何も出来ない。
クリスは考える。考えたのはもちろんシンのことだ。
この世界に突然やってきて、いきなり死にかけた少年のことだ。
この世界を恐れ、嫌いになってもおかしくないのに、一生懸命好きになろうとしてくれている優しい人間のことだ。
そんな、守ってやりたいと思ったシンのことさえ満足に守ってやれないどころか、逆に自分のせいで危険にさらしていた。
そして、どうしてこんなことになってしまったのだろうかと、クリスは思う。
――ただこの世界を、一緒に楽しく見て回れたら、それで良かったのに。
あと一回だけ三人称で続きます




