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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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不思議な言葉Ⅰ

いよいよ本格的な夏に差し掛かる頃、刺すような日射しが窓の隙間から差し込んでいた。

だが、男爵執務室を満たす異様な緊張感のせいで、夏の鬱陶しい暑さなど微塵も感じられない。肌を刺すのは熱気ではなく、凍てつくような殺気と敵意だった。


執務机に座る領主代理ロメロと、その横に控える私の正面に、上級騎士ゼノスと数名の騎士たちが並び立っている。

一触即発の切羽詰まった状況でありながら、私の思考の片隅は、奇妙にも昨日起きた出来事に引き戻されていた。


(今日、こうして彼らの激昂を正面から聞いていられるのも……昨日、あの死の窮地を生き延びられたからだな)


ユーゲルを捕縛した後、空席となったウェルマ村の執政官就任をゴンザへ直接打診するため、私は再びウェルマ村へと向かった。

その途上で待ち受けていた、あの一瞬の悪夢。

村の物陰に潜んでいたのは、褐色の肌を持つ女と、私と似た背格好の小柄な少年の二人組だった。

確実に死んだと思った。

放たれた凶刃はあまりに神速で鋭く、暗殺者が望みさえすれば、私の心臓など容易く貫かれていたはずなのだ。

だが――なぜか刃は寸前で引かれ、私は生かされた。


目の前で上級騎士たちが怒号を上げているこの切迫した場において、未だ正体も意図も掴めぬあの襲撃の謎に意識を奪われている自分に、内心で冷ややかに自嘲した。


ゼノスの剣幕はすさまじいものだった。

血管が浮き出た額を真っ赤にし、これまで自分が先代アントニウス閣下の時代からどれほどグレリオ家に尽くし、功を立ててきたかを捲し立て、息子ユーゲルの逮捕の不当性を喚き散らしている。

私は横に座るロメロへ視線を走らせた。

兄上はすでに腹をくくっているのか、顔色一つ変えずにゼノスの馬鹿げた言い訳と怒声を静かに受け止めていた。以前のように困惑したり、気圧されたりする気配は微塵もない。

――アントニウスの子らは、皆それぞれに一角の人物だ。 遺伝子的には私もその一人なのだが、どこか他人事のようにそんな感想を抱く自分がおかしい。


ゼノスが一息ついた隙を見計らい、ロメロが冷徹な声音で口を開いた。


「ゼノス卿。貴公のこれまでの功を考えるからこそ、ユーゲルは即座の処刑を免れ、身柄の拘束にとどまっているのです。証拠はすべて揃い、本人もすでに罪を認めた。いくらそなたの血族とはいえ、法を曲げて不正を取りなすわけにはいきません」


兄上の揺るぎない意志の籠もった言葉に、気勢を削がれたゼノスがわずかに息を呑み、逆に気圧される。

だが、騎士はなおも食い下がった。


「ならば従来の慣例に従うのが筋というもの! 我が息子の失策は認めましょう。なればこそ、一定期間の謹慎を課したのち、しかるべき役職へ復職させるのが代々の習わしではありませんか!」


その厚顔無恥な要求に、ロメロの眼光が一段と鋭くなった。


「同じことを領民が行えば、貴殿はどうしますか? 同じように『謹慎の後に復職』と言えるのですか?」

「平民と騎士を同列に扱うとおっしゃるのかッ!?」


ゼノスは激高し、執務室を揺るがすような大声を張り上げた。

特権階級としての選民思想が骨の髄まで染み付いている男だ。彼らにとって、領民の富を掠め取ることなど「些細な役得」程度にしか思えないのだろう。


私は口を挟まず、腕を組んだままゼノスの微細な表情の変化をじっと観察していた。

瞳の揺らぎ、呼吸の乱れ、声の張り方。


(……少なくとも、この様子を見る限りでは、昨日の襲撃を仕組んだ人間には見えんな)


息子の不始末と自らの権威失墜に対する剥き出しの焦燥と怒りだけで、頭の中が完全に飽和している。もし昨日の一件を仕組んだ首謀者なら、もっと私の顔色を窺い、生き延びていることに動揺を見せるはずだ。

そして、ゼノスの怒りの矛先は、息子の逮捕だけにとどまらなかった。

血走ったその視線が、ロメロを素通りして私へと突き刺さる。


「……それに、レオナルド様! 貴方のあの処置は何なのですか! ウェルマ村の新たな執政官に、あろうことか農奴上がりの獣人を据えたと聞きましたぞ!」


そう、私はユーゲルを拘束した直後、空席となったウェルマ村の執政官にゴンザを指名したのだ。

元は小作農の長だったゴンザは、一昨年に前村長の後を継ぎ、見事に村をまとめてきた。村で教育を担う知識神の神官テアドラから教えを受け、今や読み書きや計算も全く問題がない。元来の生真面目な性格もあり、急速に拡大した村でも領民たちからの信望は極めて厚い。実務を支える文官の補佐さえつければ、現地の執政官としてこれ以上の適任はいなかった。

だが、騎士団の特権を至上とするゼノスにとって、それは到底呑み込めない屈辱だった。


「名誉ある騎士から役職を取り上げ、それを農奴上がりの獣人に渡すなど……我ら騎士を馬鹿にしているのか! 武門の誇りをそこまで踏みにじって、何がグレリオ家ですかッ!」


ゼノスの咆哮が執務室に響き渡る。 しかし、私とロメロは冷ややかな沈黙を保ち、一歩も引く姿勢を見せなかった。

感情論と特権意識にすがって喚き立てる時代遅れの騎士に、差し出す妥協など何一つない。

いつまでも終わらないかと思われた不毛な押し問答だったが、頑として折れない主家の態度を前に、ゼノスもこれ以上の直談判が無意味であると悟ったのだろう。

ギリッと歯が軋むほどの音を立てて私と兄上を睨みつけると、憎悪の籠もった低い声で吐き捨てた。


「……後悔なさいますなよ。このままでは、領内を揺るがす大事になりますぞ!」


それだけを言い残し、ゼノスは翻したマントを荒々しく鳴らしながら、配下の騎士たちを引き連れて執務室を乱暴に出て行った。

バタン、と重い扉が閉まり、静寂が戻る。

私は去っていった騎士たちの足音を聞きながら、昨日ウェルマ村で突きつけられたあの凶刃の冷たさと、これから確実に訪れるであろう嵐の気配を肌で感じていた。

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