庶子Ⅱ
翌日、リオネル城砦の訓練場には、木剣の打ち合う乾いた音が響いていた。
息を切らし、木剣を取り落としたのは、我が息子ユーゲルだった。二十五歳になり、騎士として一人前であるはずの我が子が、肩を大きく上下させてその場にへたり込んでいる。
その目の前には、息一つ乱さず、静かに木剣を下ろす十七歳の――マルチェロが立っていた。
(まったく、できの悪い息子だ……)
内心で苦々しく舌打ちする。
立ち合いを見守っていた私には明白だった。我が息子は、明らかに手加減されていたのだ。
マルチェロは、ユーゲルの隙をいつでも突ける体勢にありながら、あえて致命傷を避け、相手の面子を潰さぬよう巧みに受け流して立ち回っていた。
アントニウス閣下の血を引いているだけはある。日陰の身でありながら、存外に剣の筋が良い。
「お見事ですぞ、マルチェロ殿!」
私は拍手を打ち鳴らしながら、砂埃の立つ訓練場の真ん中へと歩み出た。
声をかけられたマルチェロは、慌てて背筋を正し、困惑気味に手を振った。
「ぜ、ゼノス卿……殿などとお呼びにならないでください。私はつい先日、叙勲を受けたばかりのただの若輩です」
(ふん、庶子ゆえにどこまでも謙虚なことよ)
己の立場を弁え、身を縮めるその態度。嫡流の三男が放つあの傲慢な気配とは大違いだ。
これならば、懐に飛び込むのは造作もない。
私は厳格な仮面を崩さぬまま、恭しく頭を垂れて言葉を重ねた。
「何をおっしゃいますか。あなた様もまた、偉大なるアントニウス閣下の尊き血を引かれるお方。我ら騎士団が忠誠を捧げるべき主筋のお一人にございますぞ」
「そんな……私など……」
過分な言葉に、マルチェロは居心地が悪そうに視線を泳がせ、酷く困ったような表情を浮かべた。正妻の子らに気兼ねし、己の価値を低く見積もるよう育てられてきたのだろう。その心の隙間こそが、付け入るべき急所だ。
「叙勲を受けられた以上、あなた様は紛れもなく立派なグレリオの騎士です。……そこで、お近づきのしるしと言ってはなんですが、どうでしょう。我が家などでは窮屈でしょうから、町の美味い酒場にでも席を設け、ささやかながら成人のお祝いなどさせていただけませんか?」
「滅相もありません! 上級騎士たるゼノス卿に、そのような気を遣わせていただくわけには……」
恐縮しきって辞退しようとするマルチェロ。
だが、ここで引く気は毛頭ない。城砦や屋敷の中では耳目が多いが、雑多な町の酒場であればこそ、本音を引き出し、毒を吹き込むにはうってつけの場となる。
「我が愚息の無様な稽古の詫びも兼ねております。騎士同士の親睦を深める無骨な酒席と笑って、どうかお受けくだされ」
逃げ場を塞ぐように一歩詰め寄り、力強く肩を叩く。 有無を言わせぬ私の迫力に押され、マルチェロは戸惑いながらも、最後には「……では、お言葉に甘えさせていただきます」と小さく頷くしかなかった。
頭を下げるその初々しい首筋を見下ろしながら、私の胸の奥で冷たい計算が組み上がっていく。
雑踏の酒場の片隅で、この少年の胸に燻る劣等感と不満に火をつけてやるのだ。
リオン卿の思惑通りに動くつもりはないが、この青年がグレリオの盤面を大きく揺るがす駒になることだけは間違いなかった。




