庶子Ⅰ
年が明け、リオネル領には二年ぶりとなる新年の祝祭の鐘が響き渡っていた。
父上が陣中で非業の死を遂げたのは、一昨年のことだ。昨年は領内全土が喪に服していたため新年の祝いは一切執り行われず、本来であれば昨年迎えるはずだった私とレティーシャ様の「成人の儀」も、一年間見送られていた。
喪が明けた今年、十七歳となった私たちは、一年遅れでようやく晴れの儀式を迎えることとなったのだ。
リオネル城砦の大広間では、新年の祝賀と成人の儀が厳かに執り行われていた。
領主代理たる次男のロメロ様が主座に立ち、居並ぶ家臣や騎士たちの前で儀礼を取り仕切っていく。
(……マティルダ姉さんが、レムノ辺境伯領の分家へ嫁いでから、もう三年か)
厳粛な空気の中、私は遠く離れた地へと旅立っていった同母姉の面影をふと思い起こしていた。
手紙のやり取りこそ途絶えてはいないが、見知らぬ辺境の地で元気に暮らしているだろうか。
成人を迎えた以上、今日からは私も名実ともに一人前の男として、グレリオ家のために果たすべき務めが一気に増えるはずだ。
末弟のレオナルド様は、今年でまだ十四歳になられたばかりだというのに、見習いとして訪れたウェルマ村で驚異的な大成功を収め、すでに数年前から領政の中枢を担っておられる。
あのような幼き弟ですら家を支えているのだ。私もしっかりと前を向き、己の役割を果たさねばならないと強く気を引き締めた。
ふと視線を横へ向けると、同じく成人の礼装に身を包んだレティーシャ様の姿が目に入った。
亡き母君であるカタリナ様の生き写しのようで、思わず息を呑むほどに美しい。透き通るような白い肌に、淡い栗色の髪が背中へと滑らかにストレートに伸びている。澄み渡った碧い瞳は、人の心の奥底まで見通してしまいそうなほど清らかだ。
もっとも、その苛烈な性格は相変わらずである。社交界で無遠慮に言い寄ってきた貴族の男たちを、幾度となく木剣で叩きのめしたという物騒な噂には事欠かない。それでもなお、男爵家の令嬢としての美貌と気品に惹かれ、求婚してくる貴族は引きも切らないと聞く。
そういえば、まだどこかの家へ嫁ぐという具体的な話は下りてきていない。
儀礼が進む中、ロメロ様が私へ向けて温かな眼差しを向け、力強く声をかけてくださった。
「マルチェロ、成人おめでとう。これからもグレリオ家のために、どうか力を貸してほしい」
胸の奥が熱くなる。
ロメロ様やライモンド様は、庶子である私を日陰者として蔑むこともなく、いつだって正妻の子らと何ら分け隔てなく接してくださる。それは身に余るほどありがたく、誇らしいことだった。
――だが。
その温もりに触れるたび、私の心の片隅に、黒く澱んだ疑念が鎌首をもたげるのだ。
(……もし、マティルダ姉さんとレティーシャ様の年齢が逆だったとしたら、どうだっただろう)
背筋に、冷たいものがすっと走り抜ける。
遠縁とはいえ公爵家の血を引く正妻が産んだ大事な愛娘・レティーシャ様を、父上や家臣たちはあのレムノ辺境伯の分家へ嫁がせただろうか?
……いや、あり得ない。
姉上があの縁談を受け入れざるを得なかったのは、他でもない、姉上が「庶子」だったからではないのか?
そして、どれほど親しげに笑いかけてくれようと、私と彼らの間にも、決して埋まることのない深い血の溝が横たわっているのではないか――。
(……よせ。何を考えているんだ、私は)
思考が暗い泥沼へと沈み込み、心の奥底がじくじくと腐り落ちていくような酷い自己嫌悪に襲われる。
こんな卑屈で醜い邪推を抱くなど、心から私を気遣ってくれる兄上たちへの許されざる裏切りだ。
激しい動揺を悟られぬよう必死に唇を噛み締めていたその時、ふと視線の先に立つ人物と目が合った。
男爵家の宰相を務める叔父――ゲオルグ様だった。
叔父上は、成人を迎えた私の硬い表情に気づいたのか、深く、力強く頷いて温かな祝福の眼差しを投げかけてくれた。
『グレリオの家の者として、家に尽くせ』
かつて叔父上が、幼い私に真っ直ぐ告げてくれた厳しくも温かい言葉が、鮮やかに脳裏に蘇る。 そうだ。私は卑屈になって陰に籠もるために生まれてきたのではない。
私もまた、この誇り高きグレリオの血を引く一員なのだ。
疑念に心を曇らせる暇があるなら、今の自分にできる精一杯の忠義を尽くせばいい。
「……はい、ロメロ様。この身のすべてを捧げ、グレリオ家にお仕えいたします」
改めて心の中で固く誓いを立て、私は主座の前に片膝をついた。
ロメロ様の手から掲げられた儀礼用の長剣が、私の両肩を静かに叩く。 家臣たちの拍手が響き渡る中、私は正式にグレリオ男爵家より騎士の叙勲を授かり、武門の端くれとして新たな一歩を踏み出したのだった。




