準備Ⅲ
城砦の横にある雑木林で訓練を終え、汗を拭いながら城砦から大通りまでの道を下ると背後から声がした。
「元気でやっておるか?」
聞き慣れた太い声が飛んできた。振り返れば、親友のワーグナーが油と煤の匂いを漂わせて立っておる。どうやら仕事の報告か何かで、屋敷に足を運んできた帰りらしい。
「うむ。おぬしはどうじゃ」
短い挨拶を互いに交わす。かつて共にこの地へ移り住んできた旧友の顔を見るのは、いつだって心地よいものじゃ。
「わしは守りの戦士だからな。お前がここに根を下ろすというなら、この地を守るのがわしの仕事じゃろ」
ワーグナーに向けてにやりと笑い、この男が手ずから鍛え上げてくれた見事なハルバートと、分厚い鉄張りの盾をグイっと見せつけてやった。職人たるこいつの打った業物じゃ、戦場でこれほど頼もしい相棒もそうはおらん。
「それにしても――あの若様は面白いぞ」
わしが顎をしゃくって訓練場の兵たちを示すと、ワーグナーは興味深そうに髭を撫でた。
「部隊の仕立て方が実に理にかなっておる。まず五人一組で小さな『分隊』を作り、その分隊を四組束ねて『小隊』、小隊を四組で『中隊』、同じように中隊を四組集めて『大隊』という風に、驚くほど整然と分かりやすく編成しておる」
「ほう……?」
「だがな、形は軍でも、わしら亜人や獣人を窮屈な型に縛りつけたりはせんのじゃ。武器の得手不得手も戦い方も、基本の訓練さえ守れば、あとは分隊ごとに工夫してよいと言うておる。せいぜい、全員共通で弓の練習をみっちり仕込まれるくらいかの」
隊員の大半は、他領から逃れてきた流民や平民じゃ。軍という巨大な組織の規律なんぞ、誰一人として知る由もない。
じゃが、たった五人の「分隊」の中に入ってしまえば、それは見知ったいつもの仲間じゃ。背中を預け合い、互いの癖を補い合える小さな輪ができる。そして、その仲間たちが寄り集まることで、いつの間にか一つの大きな軍になっておるのじゃ。
わしの言葉を聞いたワーグナーは、腕を組んで感心したように頷いた。
「なるほどな。個々の小さな視点で見れば、五人という小規模なグループに入っただけで、村の自警団とさして変わらんというわけか。それでいて、それがまとまることで自然と軍として機能する……。確かによく考えられた編成じゃわい」
さすがは長年ものづくりに携わってきた男じゃ。若様の企みの核心を、一瞬で見抜きおった。
「ところで、どうじゃ」
感心しきりだったワーグナーが、ふっと肩の力を抜いて苦笑いを浮かべた。
「今晩、一杯やらんか? ……ちと、わしの愚痴も聞いてくれ」
あの若様に無理難題を押しつけられて鍛冶場を駆けずり回っておる姿が、容易に目に浮かぶようじゃった。
わしは親友の申し入れに、再び口元を歪めてにやりと笑い返してやった。
「いいとも。おぬしの美味い酒とぼやきなら、いくらでも付き合ってやるわい」
-----人物紹介-----
アースキン
ジャイアント族・年齢不詳
アルヴァ王国からリオネル男爵領へ移住してきた少数亜人、ジャイアント族の男
三メートル近い巨体と人族を遥かに上回る膂力を持つ一方、動作は鈍く、話し方も非常にゆっくりとしている
温厚で物静かな性格をしており、荒事よりも思索や物作りを好む
リオネルへの移住後は、その巨体と力を活かして領都の土木作業に従事し、生計を立てていた
古代帝国時代の道路や水道橋、都市設計などに強い関心を持ち、失われたインフラ技術を研究している
領都郊外の新市街計画に携わったことで、その土木・建築に関する非凡な才能をレオナルドに見出され、グレリオ家に仕えることとなる
ジャイアント族は非常に長命な種族であり、病気や怪我がなければ三百年近く生きるとされている




