準備Ⅱ
工房をウェルマ村から領都リオネルへと移し、集めた職人や弟子たちを総出で駆り立てて、自衛隊の装備を朝から晩まで打ち続ける日々が続いていた。
体躯も骨格もバラバラな獣人や亜人どもの特注装備だ。型紙を合わせ、鋼を叩き、皮を鞣す手間に骨が折れんばかりであったが、どうにか第一期の一百六十名分に関しては、冬の訪れ前にすべて納品できる目処が立った。
その吉報を報告すべく、わしはマナーハウスの男爵執務室へと足を運んだのだが――部屋に入るなり、ただならぬ空気に迎えられることとなった。
机を挟んで向き合う領主代理のロメロ様と、三男のレオナルド様。
温厚なロメロ様が、顔を真っ赤にして大いに困惑しておられる。
「……義姉様の力を貸していただきたいのです」
若様の放ったこの一言が、うら若き領主代理を激しい動揺の渦へと叩き落とした元凶らしかった。
「レ……レティーシャのことかい?」
狼狽しながら尋ねる兄に対し、十三歳の弟は至極平然とした顔で首を横に振る。
「いいえ、フェリシア義姉様ですよ」
「いや、姉ではないだろ!」
「もうすぐ姉になるのでしょう?」
……一体わしの前で何の痴話喧嘩じみた話をしておるのだ。
呆れて小さく咳払いを一つ落とすと、ロメロ様はハッと我に返り、気まずそうに視線を泳がせながら言った。
「す、すまない技師殿。そこのソファーに腰掛けて、少し待っていてくれ」
言われた通り、ふかふかのソファーにどっかりと腰を下ろす。
ロメロ様は咳払いで喉を整え、机に手をついて若様へと向き直った。
「……で、彼女をどうしたいというんだい?」
「彼女は結界魔法の天才です。ですから力を貸してほしいのです。郊外に造る小さな砦を、なるべく人目につかないように偽装したいのです」
なるほど、とわしは腕を組んだ。
ルーン魔術の体系の一つには、確かに周囲の風景に溶け込ませて他者の認識を阻害する『隠匿結界』が存在すると聞いたことがある。
完全な不可視にするわけではないが、相当に注意深く凝視でもしなければ、そこになにかあるという違和感にすら気づくことはできないらしい。
フェリシアと呼ばれた女性は卓越した魔法の使い手のようだな。小規模な砦の建造現場を丸ごと覆い、完成まで周囲に悟られぬよう覆い隠すとは相当の使い手と見える。
「……わかった。彼女に頼めるか聞いてみるよ」
ロメロ様は深くため息をつき、承諾の言葉を口にした。
だが、そこで終わればいいものを、顔を真っ赤にして人差し指を突きつける。
「だが、一つだけハッキリしておくぞ! フェリシアはレオのお姉さんじゃないからな!」
「ですから、『今はまだ』でしょう?」
「レオっ!」
また始まった。
この兄弟の軽口に付き合わされては日が暮れてしまう。わしはわざとらしく、ゴホンと大きめの咳払いを一つ響かせた。
ようやくこちらに気づいた若様が、くるりと振り返って無害な笑顔を向けてくる。
「ああ、ワーグナー技師。第一期の装備に目処が立った件、心から感謝します。つきましては――第一期の自衛隊の装備が完成し次第、第二期のメンバーの採寸にもかかってほしいのです。できれば、来春までに装備が一通り揃うと助かります」
「……え?」
「……え?」
わしの口と、若様の口から、順に間抜けな声が漏れ出た。
第一期ですら死に物狂いで鎚を振るい、ようやく秋に終わるというのに、間髪入れずに第二期の百六十名分を春までにだと……?
若様はまだ百六十人いるんだから当然だろ、と言わんばかりの顔じゃ。
穏やかな笑顔の奥に一切の容赦を感じさせない若様の瞳を見つめながら、わしは背筋を走る戦慄とともに、心の中で深く確信した。
(……この若様は鬼じゃ……)




