準備Ⅰ
夏を迎え、自衛隊の第二期隊員の募集と選抜を実施した。
新たに百六十名を追加したことで、自衛隊の規模は計三百二十名に達した。
これだけの所帯となれば、従来の訓練場や仮設宿舎では到底手狭だ。そこで領都の郊外に専用の大規模な兵舎を新設し、さらに流入し続ける人口を受け入れるため、兵舎周辺の新市街の拡張も同時に進めることとなった。
机の上に広げられたその開発計画の見取り図を見て、私は思わず目を見張った。
(……おいおい、箱庭ゲームの天才かな?)
思わず前世の記憶が蘇り、心の中でそう呟いてしまった。
急速な経済発展を遂げているリオネル領都は、これまで明確な都市計画を持たぬまま場当たり的に拡大を続けてきた。そのため街の形状は極めていびつで歪んでおり、お世辞にも効率的とも美しいとも言えない路地が入り組んでいる。急速に人が集まる新興都市ではよくある弊害だ。
私としても早期に区画整理の下地を敷きたかったのだが、内政や軍制、外交の火消しに追われ、そこまで手が回っていなかった。
そこで、郊外への兵舎新設とそれに伴う新市街の構想を領都の有力者たちへ投げかけてみたのだが――上がってきたこの図面は、私の予想を遥かに超える出来栄えだった。
主要街道への動線、上下水道を意識した勾配の取り方、居住区と商業区の明確な区分け。さらには有事の際の防衛拠点としての機能美まで緻密に計算し尽くされている。
「町長、この見取り図を引いたのはどなたですか?」
執務机の前に立つ初老の男へ問いかけた。大広場付近で食料の輸出入を手広く営む男だ。
だが、町長はこちらの顔色を恐る恐る窺うようにして、眉尻を下げた。
「……は、はい。大変申し上げにくいのですが、その者をここへお連れすることはできぬかと存じます」
何やら酷く煮え切らない返事だ。
これほどの才覚を持つ設計者だ。ぜひ直接会って見識を深めたいのだが、なぜ呼べないというのか。病にでも臥せっているのだろうか。
「どういうことですか? 理由を聞かせていただけますか」
「実は……その者は、亜人なのでございます」
町長は申し訳なさそうに身を縮めた。
思わず拍子抜けしてしまった。
「……亜人? それが何か問題でもあるのですか? 私が種族で人を差別した覚えなどありませんが」
「い、いえ、滅相もございません! 若様の寛大さは存じております。そうではなく……物理的な問題でございまして」
ますます歯切れが悪くなる町長の説明を聞いて、ようやく合点がいった。
聞けば、その人物はジャイアント族だという。
極度の猫背で小さく丸まってはいるものの、それでも体躯は三メートル近くに及び、この執務室の扉をくぐることは不可能なのだそうだ。
なるほど、物理的に入れないなら仕方がない。
そうして私は、マナーハウスの裏手にある庭園で、その設計者と対面することになった。
木々の間から姿を現したのは、噂に違わぬ巨漢だった。名をアースキンというらしい。
ジャイアント族は人族と比べて倍近い体躯を持ち、大きな個体となれば四メートルを超える者もいると聞く。腕の一振りで岩をも砕く恐ろしい膂力の持ち主だ。
しかし、その凶暴そうな外見のイメージとは裏腹に、彼らの性質は極めて温和で、荒事にはとことん向かない。むしろ物静かで思索を好む研究肌が多く、巨体ゆえに俊敏な動きが苦手なのだという。
なるほど、それゆえに土木や建築の分野でこそ真価を発揮する種族というわけか。
庭園のベンチに座る私と、芝生の上に正座するように小さく縮こまるアースキン殿。
交わした会話は、私にとって驚きの連続だった。
彼の口から語られた夢は、かつて大陸全土に張り巡らされていたという「古代帝国期のインフラの復興」であった。道路の舗装技術、水道橋による給水システム、都市防衛の測量学――。
私も前世の現代建築や都市工学の浅い知識を織り交ぜながら応じたところ、巨人の大きな瞳が爛々と輝き、あっという間に熱を帯びた議論へと発展していった。
(素晴らしい……これほどの逸材を、野に放逐しておくなどあり得ない)
話が一段落したところで、私は真っ直ぐに巨漢を見上げた。
「アースキン殿。我が家で、私のために働いてはくれませんか?」
当然の誘いだった。
だが、アースキン殿にとっては青天の霹靂だったらしく、巨大な目を丸くして困惑している。他領から逃れてきた異種族が、領主家から直々に重用されるなど夢にも思っていなかったのだろう。
「さしあたって、この新市街と兵舎の建設を全面的にお任せしたい。そしてもう一つ――このエリアのどこか、三百名ほどが詰められる砦を設置できる場所を選定し、設計してほしいのです。砦自体は簡素なもので構いません。ただ……納期は『年内』です。できますか?」
シエル伯の蠢動、そして領内の騎士たちの不満。いつ何が起きてもおかしくない情勢下で、防衛拠点を早期に固めることは必須の準備だった。
急ぎの無茶振りに対し、アースキン殿は安請け合いなどしなかった。
太い顎に大きな手を当て、しばし唸るように思案した後、静かに首を横に振った。
「……現地の地質と勾配を詳しく調査してみないことには、確答はできかねます」
体の動き同様、ゆっくりした話し方だ。
(ふっ……「できます」と即答しないあたりが、技術者として実に誠実でいい)
軽々しい返答を好まない職人の気質に、私は口元をほころばせた。
「分かりました。調査の手はずはすべてこちらで整えます。よろしく頼みますよ、アースキン殿」
私は一礼し、自らの小さな手を差し出した。
アースキン殿は恐る恐る、丸太のように太い自らの手で、私の手をそっと包み込むようにして固く握り返してきた。




