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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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火種Ⅲ

年が改まり、凛とした冬の冷気が漂うウェルマ村の広場に、一枚の真新しい布告が掲げられた。

雪が降り積もるほどではないものの、遠く見上げる鉱山側の山肌はうっすらと白く雪化粧をまとっている。だが、山裾に広がるこの村の畑では、寒風に負けず冬の作物が青々と青葉を広げていた。


領内でも最も早く若様の手による改革が始まったこのウェルマ村は、いまや領内でも有数の人口を誇るまでに膨れ上がっている。放牧地にはおびただしい数の羊の群れがひしめき、冬でも活気に満ちた声が通りに響いていた。

さらに、村の少女テオドラが昨年、わずか九歳にして知識神の神官に任官するという奇跡のような快挙を成し遂げて教鞭を取って以来、村の子供たちの識字率は驚くほど跳ね上がっている。広場の片隅でも、小さな子供たちが難なく文字を読み上げる姿が日常の風景となっていた。


そんな急速な発展を遂げる村の片隅で、自警団の屯所の前に貼り出された羊皮紙を、俺は灰色の耳を伏せがちにしてじっと見つめていた。

そこに記されていたのは――『領を守る正規の軍人として、自警団より有志を募る』という信じがたい布告だった。


(軍人……若様のお役に立てるなら、どれほど誇らしいだろう)


胸の奥底で、憧れにも似た熱い火が確かに灯った。

だが、その衝動を冷徹な現実が容赦なく押し潰す。

だが、この布告に目を向けているのは、俺たち自警団だけではないはずだ。

そして――それを喜ぶ者ばかりとも限らない。


軍とは、本来貴族や騎士たちの世界だ。

彼らは代々受け継いだ名誉ある家名を背負い、頑丈な鉄の鎧をまとい、鍛え抜かれた鋼の剣を自前で揃えて戦場に立つ。


(騎士たちは、この布告をどう思うだろう)


俺たちは他領の飢餓と迫害から逃れて流れ着いた、ただの流民に過ぎない。武器も、身を守る防具も、自前で買い揃える金など一文も持ち合わせてはいないのだ。自警団で使っている槍や革鎧だって、村から支給された借り物に過ぎない。

何より――俺は、蔑まれてきた狼人族の獣人だ。

若様はこの村で、流民である俺たち獣人にも分け隔てなく土地を与え、人族と肩を並べて生きる尊厳を授けてくださった。だからこそ恩義を感じ、自警団でがむしゃらに訓練と実戦を重ねてきた。

だが、それはあくまで「村の自衛」という枠の中での話だ。

誇り高き領主家の正規の軍に、武器も鎧も持たない卑しい流民の獣人が志願するなど、身の程知らずにもほどがあるのではないか。


貼り紙を何度睨み直しても、身分や装備の自弁を求めるような細かな条件は一切書かれていない。本当に自警団員でありさえすれば誰でもよいのだろうか。

いざ名乗り出たところで、「武器も持てぬ獣人の分際で」と騎士たちに嘲笑われ、若様の顔に泥を塗ることになるのではないか――。流民として染みついた根深い負い目が、重い鎖となって俺の足を縛りつけていた。


「――おいバウンド、見たかよ!」


背中を激しく叩かれ、現実に引き戻された。

振り返ると、同じ自警団の仲間であるウカンが、犬歯を剥き出しにして興奮しきった顔で羊皮紙を指さしていた。


「俺は行くぜ! 若様の力になって、俺たちの手でこの土地を守るんだ!」


装備の金がどうだとか、種族の壁がどうだとか、そんな懸念を一切吹き飛ばすような、突き抜けた叫びだった。周りの団員たちもウカンの言葉に釣られるように歓声を上げ、熱気混じりに拳を突き上げている。


(……能天気なやつは、いいな)


自嘲気味に息を吐きながらも、俺の胸はちぎれそうなほどに疼いていた。

流民という過去も、獣人という宿命も、何もかも脱ぎ捨てて、俺だってウカンのように胸を張って「行く」と叫んでみたい。

若様がくれたこの温かな土地を、命に代えても守り抜く盾になりたいという思いは、誰よりも強く胸の中で燃え盛っているはずなのに。

冬の冷たい風が吹き抜ける中、俺は硬く無骨な自分の掌を強く握り締め、広場に掲げられた文字をいつまでも睨み続けていた。


-----人物紹介-----

バウンド

ウェルマ村自警団に所属する十六歳の狼人族

アルヴァ王国から逃れてきた難民の一人で、父と共にウェルマ村へ移住した

自分たちを受け入れ、土地を与えたレオナルドに深い恩義を抱いている

思慮深く慎重な性格で、自警団員として村の守りに加わる一方、難民であり獣人でもある自らの出自には強い引け目を感じている

新たに掲げられた常備軍募集の布告を前に、軍人として領地を守りたいという思いと、自らがその一員となってよいのかという迷いの間で揺れている

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