葬儀Ⅲ
季節は春だが、見上げる空は厚く重い鉛色の雲にびっしりと覆い尽くされ、陽光が差し込む隙間などどこにも見当たらない。雨こそ落ちてはこないものの、湿り気を帯びた冷たい風が墓所を吹き抜け、参列者たちの喪服を小さく波打たせていた。
義父となるはずだったアントニウス閣下の棺が冷たい土の下へと葬られ、厳かな鎮魂の祈りが捧げられる中、私は沈痛な空気が漂うグレリオ家の面々をひとりひとり静かに見つめていた。
まず視線が向かったのは、婚約者である長男のライモンド様だった。
黒い礼服に身を包んだその立ち姿は武人らしく背筋が伸びている。けれど、不眠不休の駆馬と身に覚えのない大逆罪の取り調べに耐え抜いたその横顔には、痛々しいまでの憔悴が滲んでいた。唇を固く真一文字に結び、父の眠る墓碑をじっと見つめる双眸には、深い哀惜とともに、武門の嫡男として前を向こうとする張り詰めた意志が宿っているように見えた。
その隣で喪主を務めている次男のロメロ様は、対照的に酷く蒼白な顔色をしていた。
亡き母君に似て温和で心優しい方だと聞いている。父の急死、そしてあまりに突然に重い責任を背負わされた重圧のせいだろうか。震える両手を前で固く組み、いまにも崩れ落ちてしまいそうな危うさを漂わせながらも、逃げ出すことなく必死に儀礼の主座に踏み止まっていた。
少し離れた位置に立つ長女のレティーシャ様は、白いレースのハンカチを目元に当て、溢れ出る涙を堪えきれずに肩を小さく震わせていた。
年頃の令嬢として気丈に振る舞おうと背を正してはいるものの、父を奪われた生々しい悲嘆がその全身から痛いほどに伝わってくる。
その姉の少し後ろに控えるように立っていたのは、庶子のマルチェロ様だった。
レティーシャ様と同じ年回りでありながら、正妻の子ではないという自らの立場を弁えているのか、一歩引いた位置で固く口を噤んでいる。その若々しい顔立ちには、父を喪った深い哀痛とともに、どこか張り詰めた緊張が色濃く影を落としていた。
そして――最後に目が留まったのが、三男のレオナルド様だった。
私より一つ年下、わずか十二歳だというその少年だけが、この陰鬱な曇天の墓所において、異様なほどの存在感を放っていた。
涙にくれるレティーシャ様や硬い面持ちのマルチェロ様とはまるで違う。
その少年も父を失った悲しみの中にいるはずだった。
だが、それを表に出していない。
唇には貴族として整えられた穏やかな表情を浮かべ、灰色の瞳だけが、棺を、参列者を、騎士たちを静かに見渡している。
あの年齢で、あの立ち居振る舞い。背筋に薄氷を当てられたような薄ら寒い感覚が全身を駆け抜ける。
やがて、重苦しい静寂を破るようにして、男爵家の当面の統治に関する布告がなされた。
――グレリオ男爵家の統治を代行するのは、長男ライモンド様ではなく、次男ロメロ様である、と。
その言葉が落ちた瞬間、私は息を呑んだ。
ライモンド様にかけられた実父毒殺の嫌疑はすでに解かれ、釈放されたはずだ。それなのに、なぜ長男が差し置かれるのか。
グレリオの家族たちは最初から承知していた様子で静かに受け止めていたが、周囲に居並ぶ歴戦の騎士や古参の家臣たちの間には、隠しようもない動揺と不穏なざわめきがさざ波のように広がっていくのがはっきりと見て取れた。
(……私は、一体ここで何をしているのかしら)
胸の奥を、苦々しい自己嫌悪がかすめていく。 叔父に言われるがまま、婚約者の家で間者の真似事など。
もちろん、ここで見聞きした内情を叔父に報告する気など毛頭ない。けれど、この家に満ちている不可思議な違和感の正体を知りたいという、抑えきれない好奇心が私の中にあったのも確かだった。
ふと視線を配ると、ライモンド様がどこか私を避けておられるような気がした。
目が合ってもすぐに伏せられ、言葉を交わそうとしても、どこか距離を置かれてしまう。
その時、胸を鋭く貫くような思考が頭をよぎった。
(……まさか)
叔父が、義父様の暗殺に関わっている?
そして――ライモンド様は、その可能性を疑っておられるのではないか。
だからこそ、私に対してもあのような態度を取るのではないか。
血の気が引いていくのが分かった。
自分がまるで、この場にいてはいけない呪われた存在のように思えてくる。
いたたまれない。息苦しい。
私は周囲の者に「少し気分がすぐれない」と告げて墓所を離れ、マナーハウスの食堂の長椅子に、ただ一人で腰掛けていた。
「――義姉上。ご気分はいかがですか? 少しは落ち着かれましたか?」
不意に横から、冷たい水が注がれた木のコップが差し出された。
顔を上げると、そこに立っていたのは三男のレオナルド様だった。
まるで丁寧に貼り付けたような、完璧すぎる笑顔の仮面を浮かべた十二歳の少年。
その双眸に見つめられた瞬間、すっと体内の温度が二、三度下がったような錯覚に囚われた。
「……ええ。お気遣いありがとう、レオナルド様。少し風に当たれば大丈夫です」
「それは良かったです。今日はお疲れでしょうから、無理はなさらないでくださいね」
当たり障りのない、貴族としての形式的なやり取り。
だが、少年は差し出したコップを私が受け取ったのを見届けると、ふっとその微笑を消した。
そして、声音の温度を静かに落とし、形容しがたい深い眼差しで私を真っ直ぐに見据えてきた。
「義姉上。……実は、折り入ってご相談したいことがあるのですが」
-----人物紹介-----
アンソニー・ベルトレ
人族・十三歳
シエル伯爵家ベルトレ家の令嬢
先代シエル伯の嫡流につながる血筋に生まれ、現シエル伯リオン・ベルトレの姪にあたる
グレリオ男爵家の長男ライモンドとは婚約関係にあり、互いが成人した後に正式な婚姻を結ぶ予定となっている
聡明で気が強く、思い切りのよい性格
現在は伯爵位を継いだ叔父リオンのもとで、自らの立場をわきまえ表立った反発を控えている
実直で裏表のないライモンドの人柄を好ましく思っており、婚約者として強い信頼を寄せている




