先手Ⅱ
マナーハウス二階、来客用の寝室に用意されたベッドの中に身を沈めながら、私は天井の暗がりを見つめていた。
あまりに長く、怒涛のように過ぎ去った一日半だった。
昨夜、嵐を切り裂いて届いたアントニウス閣下の訃報。その数時間後、深夜の静寂を破るように届いた「暗殺の疑い」を伝える第二報。
激震の中で迎えた今朝、私とバルド殿が各方面へ放った連絡網を突き合わせることで、遠征先の天幕で水差しに毒を混入されたという残酷な事実が、状況的にほぼ確定した。
そして――陽が落ちた夕刻、あろうことか「実父毒殺の疑い」で拘束されていた長男ライモンド様が、シエル伯の口添えによって明日にも釈放されるという急報が飛び込んできたのだ。
怒濤の展開に翻弄され、心身ともに限界まで摩耗しきっていたはずなのに、冴え返った頭脳は眠りを頑なに拒み続けていた。
ベッドのシーツを無意識に握り締めながら、私は先刻の執務室でレオナルド様が静かに口にされた言葉を反芻していた。
(若君の言う通り、もしもシエル伯がこの一連の凶事に絡んでいるのだとしたら……?)
最初はあまりに恐ろしい邪推に思えた。
だが、考えるうちに一つのことに気がついた。
(……違う。シエル伯がアントニウス閣下の死に関わっているかどうかは、いま考えるべきことではない)
それを確かめるには証拠が足りない。
ならば法務を預かる私が考えるべきなのは、別のことだ。
(もしシエル伯に何らかの思惑があるのなら、この状況をどう利用する?)
明日釈放されるライモンド様は、明日中にもこのリオネルの地へと帰還されるだろう。
無事に戻られること自体は、家臣としてこれ以上の慶事はない。
(私が、もしシエル伯の立場ならどう動く……?)
暗闇の中で思考を巡らせるうち、私の背筋を生々しい悪寒が駆け抜けた。
出征の直前、アントニウス閣下は全軍の前で『私が戻るまでの間、ロメロを摂政に任ずる』と厳格に布告された。
だが、主君はもう戻らない。
そして、正統なる後継者である長男ライモンド様がこの城砦へと戻られ継承手続きが承認されれば――「領主不在」を前提としていたロメロ様の摂政の権限は、法的にその効力を完全に失うことになる。
それは公国の相続法において認められている、純然たる法の手続きだ。
ただし、相続法は長男だけに絶対の権利を認めているわけではない。嫡流男子であるロメロ様とレオナルド様にも、家督に対する請求権は存在する。
そして――アントニウス閣下が生前、ライモンド様とレオナルド様のどちらに家を託すべきか、深く悩んでおられたことを私は知っている。
だが、レオナルド様はまだ十二歳。未成年の今、爵位を継ぐことはできない。
このまま何も手を打たず、ライモンド様に男爵位が渡れば……。
(……もしリオン卿に思惑があるのなら、これほど都合のよい状況はない)
シエル伯リオン卿は、無実の罪を着せられ公都で孤立無援だった次期当主たるライモンド様に、絶大なる「恩」を売ったのだ。
それだけではない。ライモンド様の婚約者であるアンソニー嬢は、シエル伯の姪である。
父を不慮の死で失い、家中が混乱を極める中、このままライモンド様が家督を継げば、自らを救ってくれた婚約者の叔父を頼ることは、人間の心情としても政治の力学としてもあまりに自然すぎる流れだ。
もちろん、これはレオナルド様が指摘された可能性の一つに過ぎない。
シエル伯は本当に善意で動いたのかもしれない。
だが、最悪の場合――恩義と婚姻を梃子に、シエル伯が新当主の後ろ盾として領政へ口を挟むようになる。そうなれば、グレリオ家が代々守ってきた領政の自主性すら損なわれかねない。
歴代の当主たちが血を流して守り抜き、アントニウス様が命懸けで繋ぎ、レオナルド様が豊かな実りをもたらしたこのグレリオ男爵領が、他家の手中に落ちてたまるものか。
(何とかしなければ……!)
暗闇の中、私の心臓は警鐘を乱打するように激しく脈打っていた。




