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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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陰謀Ⅲ

すっかりと日は暮れ、マナーハウスは再び深い夜の帳に包まれていた。

執務室のテーブルには簡単な食事が運ばれてきたが、誰も料理の味を味わう余裕などない。私、ロメロ兄上、宰相ゲオルグ、そして家令バルド老の四人は、運ばれたスープや冷たいパンを、喉を湿らす飲み物と一緒に機械的に胃袋へと流し込むだけだった。


窓の外を見下ろせば、城砦の篝火が風に揺れている。ゲオルグの迅速な命令により、マナーハウスを取り囲む警備体制は普段の倍以上に強化され、物々しい警戒態勢が敷かれていた。

その時、静寂を切り裂いて、門前へと駆け込む早馬の激しい蹄の音が響いた。

一同の動きがピタリと止まる。


やがて、廊下から革靴の足音が近づき、外の警備を直接指揮していた騎士パウロが執務室の扉をノックした。


「ロメロ様、新たな報せが参りました」


パウロから差し出された書簡を、摂政たるロメロ兄上が受け取る。 封蝋を割り、素早く視線を走らせていた兄上の表情が、ふっと僅かに明るさを取り戻した。


「……良い知らせだ」

「良い知らせ、でございますか!?」


何か一つでも暗雲を払う糸口を求めていたゲオルグとバルド老が、たまらず身を乗り出す。

兄上は安堵の息を漏らしながら、書簡の内容を告げた。


「兄上が――ライモンド兄上が、明日にも解放されるそうだ」

「おお……っ!」


二人の家臣の口から、歓喜の混じった安堵の声が漏れた。

最悪の事態――即座の処刑や長期の幽閉だけは免れたのだ。

だが、手元のグラスを弄んでいた私は、胸の内に冷たい違和感を覚えていた。


「……なぜ、解放されるのです?兄上の嫌疑は完全に晴れたのですか?」


私の問いかけに、ロメロ兄上の表情が再び僅かに曇る。


「……いや。書状によれば、状況証拠だけでは父上を毒殺したと断定できない、とされたようだ。そして――シエル伯の口添えがあったらしい」

「……シエル伯の?」


指先が止まった。

シエル伯リオン。

ライモンド兄上の婚約者、その叔父。


「レオナルド様、何かお気にかかることでも?」


ゲオルグが訝しげに問いかけてくる。

私はしばらく答えず、頭の中で一つずつ状況を並べ直した。

父上が死んだ。

第一継承者である兄上に、その嫌疑がかかった。

そして、その兄上を窮地から救ったのが――シエル伯。

偶然。

そう考えることもできる。

いや、現時点ではそう考えるべきなのかもしれない。

だが。


「……一つ、無視できない可能性が出てきました」

「可能性?」

「ええ」


私はグラスを置き、三人の顔を見渡した。


「父上が暗殺された。兄上にその嫌疑がかけられた。そして、その窮地に陥った兄上を救ったのが、婚約者の叔父であるシエル伯です。これだけなら、シエル伯は兄上を救ってくださった恩人です。実際、本当にそうなのかもしれません」


誰も口を挟まなかった。


「ですが――もし、この一連の出来事が最初から仕組まれていたものだとしたら?」


ゲオルグの表情が変わった。


「……まさか」

「父上を排除し、第一継承者である兄上に嫌疑をかける。そして窮地に陥った兄上へ手を差し伸べる。そうすればシエル伯は、次期当主となる兄上に対して、極めて大きな恩を売ることができます」

「しかし……!」


ゲオルグが何かを言いかけ、口を閉ざした。

言いたいことは分かる。

ライモンド兄上が、その程度の恩義で他家の言いなりになるような人間ではない。

私もそう思う。

だが、政治とは本人の意思だけで動くものではない。


「もちろん、兄上が自ら進んでシエル伯の傀儡になるとは思いません。ですが、当主を失った直後のグレリオ家に対し、次期当主の窮地を救った恩人としてシエル伯が発言力を強めることは十分に考えられます」


その時、ロメロ兄上が低く呟いた。


「……シエル伯領の一連の騒動か」


私は兄上を見る。


「先代シエル伯の嫡流の男子が相次いで謎の死を遂げた。その後、後を追うように先代伯自身も亡くなり、庶子だったリオン卿が伯爵位を継いだ……」


室内から音が消えた。


「そうです」


あの一件にも、確たる証拠はない。

今回の件にもない。

だが、二つを並べてなお、何も疑わないという選択肢は私にはなかった。


「つまり……シエル伯が、リオネル領を狙っている可能性があると?」


ゲオルグが慎重に問いかける。


「分かりません」


私は即座に答えた。


「シエル伯が父上の死に関与した証拠は何一つありません。純粋に兄上を救おうとしてくださった可能性もある。事件には関与せず、起きてしまった状況を政治的に利用しようとしているだけかもしれない。あるいは――我々がまったく別の何者かに目を向けさせられている可能性すらあります」


三人の表情が険しくなる。


「ですが、だからといって何もしない理由にはなりません」


私は窓の外へ目を向けた。

夜の闇の向こうで、城砦の篝火が揺れている。


「シエル伯が何を考えているにせよ、我々は最悪の事態を想定しておくべきです。兄上が戻り次第、詳しい状況を確認します。それまでは――」


そこで私は言葉を切った。


「できる限りの備えをしておきましょう」


誰も反論しなかった。


-----人物紹介-----

リオン・ベルトレ

人族・30歳

ノルテン公国に属するシエル伯爵領を治めるベルトレ家現当主

先代シエル伯の庶子として生まれ、本来は伯爵位の継承から遠い立場にあった

しかし、先代伯の嫡流男子二人が相次いで死亡し、その後、先代伯自身も死去。後継者を失ったベルトレ家を継ぎ、シエル伯となった

一連の相続をめぐっては現在も領内に様々な噂が残されているが、その真相は明らかになっていない

伯爵位継承後は領内の安定化を進めているものの、旧来の家臣の中には先代伯の嫡流を支持する者も多く、必ずしも盤石な統治基盤を築いているとは言い難い

嫡流の血を引くアンソニーは姪にあたり、現在はグレリオ男爵家長男ライモンドと婚約している

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