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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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陰謀Ⅰ

陽が天球の最も高い頂へと差し掛かる頃、窓から差し込む光は、すでにうららかな春の眩しさを帯びていた。

昨夜吹き荒れた嵐がまるで幻であったかのように、外の世界は抜けるような青空と柔らかな陽気に包まれている。

だが――マナーハウス二階、男爵執務室を満たしている空気は、その穏やかな春光とは完全に真逆だった。

肌を刺すような冷気と、張り詰めた殺気じみた緊張感が、部屋の隅々にまで澱のように溜まっている。


ドタバタと廊下を慌ただしく行き交う革靴の音。

重厚なオーク材の扉の向こうからは、怒声に近い騎士たちの切迫した叫びが、幾重にも重なって漏れ聞こえていた。


「通せ! 殿が討たれたというのはまことか!?」

「我らにも事の真相を知らせる義務があるはずだ!」

「静まれ! 執務室の前であるぞ! 現在、摂政閣下と宰相様が事実を確認中である! 持ち場へ戻れ!」


扉の前に詰める騎士たちが必死に同僚たちを制止しているが、その押し問答の激しさは室内にまで筒抜けだった。

父の死――しかも暗殺という凶報は、すでに館の内外へと漏れ広がり、動揺と疑心暗鬼が城砦を根底から揺さぶり始めている。


「……そんな馬鹿な話があるものか」


私は執務机の上に乱雑に広げられた複数の報告書を睨みつけながら、掠れた声で吐き捨てた。昨夜の凶報から半日。ゲオルグ様とバルド老が各方面へ放った急使や、遠征軍の後方部隊からもたらされた断片的な情報を可能な限り突き合わせ、精査した結果――浮かび上がってきた出来事は、あまりに不条理で、奇怪極まりないものだった。


父アントニウスは、何者かに暗殺された。

状況を客観的に見れば、その結論だけは疑いようがなかった。

戦場での刃傷ではない。宿営地の天幕で用意された水差しの水に、劇毒が混入されていたのだという。歴戦の猛将であった父は、正面からの武技ではなく、一口の水を口にしただけで、命を奪われたのだ。


だが、問題はまだある。

その毒の水差しが置かれた天幕に、父と共にいた人物。

――兄、ライモンドだ。

兄は同じ天幕にいながら、その水を一口も飲んでいなかった。

そして軍を統括する公国の監察官と憲兵は、あろうことか『実父毒殺の大逆罪』の嫌疑を兄ライモンドに向け、その身柄を拘束。すでに厳重な護送部隊によって公都ノルデンへと連行されたというのだ。


「ありえない……! どう理屈をこね回そうと、絶対にありえない!」


激しい怒りと憤懣がこみ上げ、机の端を拳で強く叩きつけた。

あの兄が、父を殺す?

幼い頃から父アントニウスの武勇を神の如く崇拝し、父のような立派な騎士になりたいと誰よりも愚直に木剣を振り続けてきた、あの廉潔な兄が?

万に一つ、億に一つ、父と何らかの政治的・軍事的な対立が生じたとしても――ライモンドが「毒」などという卑劣極まりない手段を用いることなど、天地が逆転しても絶対にあり得ない。


「……落ち着かれませ、ロメロ様」


静かな、だが確固たる芯の通った声が、私の耳元に落ちた。 机の脇に控えていた宰相ゲオルグ様が、私を真っ直ぐに見据えている。

昨夜、父の死に狼狽し取り乱していた面影はすでに消え、法務官としての顔を取り戻していた。


「もたらされた報告が事実であるならば、これが仕組まれた『冤罪』であることは明白にございます。……毒殺など、ライモンド様の気性からも、武人としての誇りからも、決して成し得るはずがございません」

「……ああ。分かっている」


宰相の言葉に、私は短く頷きを返した。

そうだ。あり得ないのだ。

あり得ないという事実そのものが、これが何者かによって周到に仕組まれた「陰謀」であるという、何よりの証明ではないか。

父の命を奪い、同時にグレリオ家の第一継承者たる兄を大逆の罪人で縛り上げる。一度の手順で、我が家の首脳陣を二人同時に盤面から排除しようとする、恐るべき悪意。


私は執務机の黒革の背もたれに、深く体重を預けた。

肺腑に溜まっていた重苦しい熱を吐き出すように、長く、深い溜息をつき、執務室の高い天井を見上げる。


(……昨夜の私は、無様だった)


父の訃報に打ちのめされ、膝をつき、床の上で茫然自失となって世界を呪っていた。

だが、もう泣いている時間は終わったのだ。

父は殺され、兄は公都の牢獄へと送られた。

いま、このリオネル男爵領の命運を背負い、家臣と領民を守り、そして無実の兄を救い出せる立場にいるのは――摂政たる私、ロメロ・グレリオしかいないのだから。


天井を見つめる私の両眼から、迷いと怯えは完全に消え去っていた。

私は拳を硬く握り締め、静かに息を吸い込むと、自らの内に冷たい覚悟を灯し直した。

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