疑念Ⅲ
記憶の糸をさらに手繰り寄せる。
娯楽はどうだ?
元の世界から持ち込まれた形跡のある娯楽文化はないだろうか。
文学、美術、音楽、あるいは――ゲーム。
(……待てよ)
思考が不意に、我が家のマナーハウスの一室へと繋がった。
(そういえば……あの遊戯盤があったな)
黒と白の丸い石。
八×八に区切られた盤面。
中央に置かれた四つの石から始まり、相手の石を挟めば裏返る。最後に盤上を多く占めた側が勝つ。
似ているのではない。
――前世で知る「リバーシ」そのものだった。
幼い頃は何の疑いもなく暇つぶしとして遊んでいたが、あれは一体、いつの時代に、誰が考案してこの世界に広めたものだ?
チェスに似た伝統的な軍人将棋のようなゲームならともかく、似た発想の盤上遊戯が偶然生まれること自体は、あり得るだろう。
だが、盤の大きさも、初期配置も、石を裏返す規則も、勝敗の決め方も同じとなれば――果たしてそれを偶然で片づけていいものか。
単なる偶然の一致か。
それとも、過去のどこかの時代に――私と同じように「元の世界」の記憶を持った誰かが、この地に足跡を残していった証なのか。
背筋を微かに冷たいものが撫でていく。
もしも「先人」がいたのだとしたら、その者は歴史の表舞台に何をもたらし、どう生きて、どう果てたのか。
そして今この瞬間も、この世界のどこかに、私と同じような誰かが生きている可能性は――。
「レオナルド様、本日の巡回予定はすべて完了いたしました」
従士の声で我に返った私は、小さく息を吐き出して思考を打ち切った。
まだ何の証拠もない仮説に思考を奪われている場合ではない。
「ご苦労様でした。……予定を早めましょう。直ちに馬車を回してください」
私は足早に馬車へと乗り込むと、御者へ向けて短く命じた。
領都リオネルへ――留守を預かるロメロ兄上たちが待つ我が家へ向けて、急ぎ帰路につくために。
西の空に真っ黒な暗雲が迫ってきていた。
これは嵐になりそうだ。
-----設定紹介-----
爵位とノルテン公国の貴族社会
この世界では、皇帝・王を君主として、その下に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵などの爵位を持つ貴族が存在する
騎士はこれらの爵位貴族とは異なり、主君に仕えて軍役を担う武人身分である
爵位は貴族としての家格を示すと同時に、領主間の主従関係にも関わっている
領主は自らより下位の爵位を持つ領主を封臣とすることができるが、原則として同格以上の領主を封臣とすることはできない
ただし、爵位の高さと実際の領地の広さ、財力、軍事力は必ずしも一致しない
たとえば公爵領の内部に複数の伯爵領が存在していても、それらすべてを別の伯爵家が領有していれば、公爵自身の直轄領は小さくなる
反対に、公爵自身がいくつもの伯爵領を直轄していれば、公爵家の財力と軍事力はそれだけ強大になる
ノルテン公国を治めるルガーノ公爵家は、公国内の有力な伯爵領であるノルデン伯爵領を自ら保有している
リオネル男爵領はノルデン伯爵領に属しているため、その領主であるグレリオ男爵家はルガーノ公爵家の直属の封臣となっている
現在のノルテン公国では、公爵家による統治力の強化を支持する公爵派と、各領主が持つ従来の自治権を重視する分権派が政治的に対立している
分権派にとって、公爵家が直轄領・財力・軍事力を増大させることは、自らの権限が公爵家へ吸収される危険を意味する
そのため彼らは公爵家そのものを否定するのではなく、公爵家と諸侯との力の均衡を維持しようとしている
今回のマルケン公国との国境紛争でも、分権派の諸侯は公爵の招集を公然と拒否しているわけではない
しかし、その多くは最低限の兵力を供出するに留まり、事実上の形式参戦となっている
一方、公爵派であるグレリオ家は主力を出征させている
男爵という爵位にありながらアントニウス・グレリオが公国軍を率いる将の一人に選ばれたのは、その軍事的能力だけでなく、ルガーノ公爵家から厚い信頼を得ているためでもある
――そしてそれは同時に、分権派の貴族たちからグレリオ家が警戒される理由にもなっている




