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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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亀裂Ⅰ

秋の収穫が一段落し、領都リオネルから見えるアルヴァの山々がうっすらと白く化粧を始める頃、男爵邸の家令執務室は冬越しの準備と帳簿の決算に追われ、息をつく暇もない忙しさに包まれていた。

パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音を聞きながら、わしは、羊皮紙の上に並ぶ収支の数字を羽ペンでなぞり、深く息を吐き出した。


(……恐ろしいほどの伸びじゃな)


甥であるアントニウスを説き伏せ、あの三男坊――レオナルドを非公式ではあるが私の「家令補佐」として内政の表舞台に引っ張り出してから、およそ一年半の月日が流れていた。

この一年半で、グレリオ男爵領の空気は明らかに変わった。

ウェルマ村で培われた四圃式農法の導入、計画的な水路網の拡張、そして特産羊毛の流通改善。あの子が次々と打ち出す施策は試行錯誤を重ねながらも着実に成果を上げ、領内の穀物収量は前年を大きく超えていた。

倉という倉は麦と干し草で溢れかえり、財政の数字を見れば誰もが笑みをこぼすような未曾有の豊作。


だが――内政の一切を長年取り仕切ってきた老骨の目には、その急速な富の膨張の裏で、確実に生じつつある「歪み」が見え隠れしていた。


「バルド様、また南地区の村から陳情が届いておりますぞ」


補佐の書記官が、苦々しい顔で新たな書類を机の上に置いた。

見ずとも内容は察しがつく。アルヴァの民――あの審問会を経て、領内に段階的に受け入れを進めている難民たちの居住を巡る諍いだ。

アルヴァから逃れてきた民の多くは、人ならざる耳や尾を持つ獣人や、頑強なドワーフといった亜人たちである。

種族間の排他主義が色濃い中央大陸に比べれば、ここアルビオンの地はまだ亜人への差別意識は薄いとされている。だが、それはあくまで「中央大陸と比べて」というだけの話に過ぎない。この辺境にあっても、土着の者たちの根底に巣食う異形への忌避感や差別意識は、決して消えてはいなかった。


問題なのは、その軋轢の出方だった。

レオナルドが直轄し、新産業や治水の恩恵を直接浴びて急速に潤っているウェルマ村や領都周辺では、亜人たちの働く手腕が目に見える富となって還元されるため、さしたる摩擦は起きていない。人間も獣人も、腹が膨れて金が回っていれば文句は出にくいのだ。

だが、恩恵の浸透が遅れ、改革の果実がまだ不透明な辺縁の村々では話が違っていた。


「なぜ、得体の知れぬ異形の者どもに土地を分け与えるのか」

「あいつらのせいで井戸の水が穢れるのではないか」

「我らの税があの獣どもを養うために使われているのではないか」


貧しさや不安からくる疑心暗鬼が、新しくやってきたアルヴァの民に対する陰湿な圧迫や嫌がらせとなって、確実に表面化しつつあった。


さらに頭が痛いのは、足元の武力を巡る対立だ。

レオナルドがウェルマ村で組織し、いまや領内の各村で広がりつつある「自警団」。

アルヴァの屈強な民や平民たちを鍛え上げ、合理的な集団戦術を叩き込んだ彼らは、魔物や野盗の討伐において目覚ましい戦果を上げている。

だが、その実績が、既存の「騎士階級」のプライドを酷く逆撫でしていた。

血統と家柄を重んじ、武勲こそを誇りとしてきた誇り高き男爵家の騎士たちにとって、平民や獣人が徒党を組み、自分たちと同じように武装して治安維持を担う姿は、侮辱以外の何物でもないのだ。


『所詮は畑を耕す泥棒猫と野蛮人の寄せ集め』

『騎士道も知らぬ卑しい輩に、領地の警備を任せるなど言語道断』


酒場や詰め所からは、そうした騎士たちの蔑視と不満が毎日のように耳に入ってくる。

自警団の側も、命懸けで治安を守っているという自負があるだけに、上から目線で侮辱してくる騎士たちへの反発を強めていた。

両者の間には、確実にその溝が深まりつつあった。


「……急速に豊かになりすぎるというのも、考えものじゃな」


私は白髭を撫でながら、ぼやき混じりに呟いた。

暮らしが豊かになれば、誰もが素直に喜ぶ――そんな単純な話ではなかった。

余剰が生まれれば、今度は「誰がより多く得たのか」「なぜ自分よりあいつの方が豊かなのか」という比較が始まる。

この領地の急速すぎる成長スピードに、人々の心が追いついていない。

そして、その急成長をもたらした張本人は、十歳という若さで大人以上の成果を叩き出し続けるあの――レオナルドだった。


(あの子の絵図は完璧じゃ。だが……人の感情という泥臭い不条理まで計算式に入っておるのか……)


机の端に置かれた、レオナルドから提出された「常備軍設立に関する所感」と書かれた羊皮紙に目を落としながら、私は深く皺の刻まれた額を指で押さえた。

この軋轢を放置すれば、遠からず領内を揺るがす深刻な亀裂となる。

老いた家令の仕事は、どうやら帳簿の計算だけでは終わりそうになかった。

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