縁談Ⅳ
庭園のガゼボを吹き抜ける晩夏の風は涼やかだったが、私の胸中は重く冷え切っていた。
父から順にグレリオ家の家族が紹介されていく間、未来の婚約者となるはずのアンソニー嬢は、まるで心ここにあらずといった振る舞いを崩さなかった。
燃えるような見事な赤髪に可憐な面立ち。だがその表情は強張ったように硬く、特に当事者である私とは、一度としてまともに目を合わせようとさえしてくれない。
(……やはり、乗り気ではないのか)
最後に紹介された三男のレオにいたっては、挨拶で視線が交錯した瞬間、アンソニー嬢はまるで恐ろしい物でも見たかのように息を呑み、怯えたような表情すら見せていた。
事前に聞いた話では、彼女は「風」と「炎」という二つの精霊の加護を持つ才媛であり、レティーシャほどではないにせよ、凛とした勝気な気性の持ち主だと聞いていた。だが、目の前にいる少女からはそんな面影など微塵も感じられず、ただただ頑なに心を閉ざしているようにしか見えない。
連れてきた侍女とは心を許しているのか、時折耳元で頻繁に言葉を交わしてはいるものの、我が家の者に対しては社交上の最低限の返答しか口にしようとしなかった。
父上やロメロが、シエル伯爵家の不穏な代替わりを理由にこの縁談をひどく警戒していたのを思い出す。
最初は「伯爵家という格上からの名誉な打診」と無邪気に喜んでいた私だったが、父たちの沈痛な面持ちや、目の前の少女のあからさまに頑なな態度を見せつけられると、さすがに鈍い私でも不安と疑問が湧き上がってくる。
この婚姻は、果たして本当に正しいのだろうか。
名誉だと浮かれていた己の浅慮を恥じるとともに、伯爵家のお家騒動に巻き込まれ、意に沿わぬ格下の男爵家へ追いやられようとしている少女の境遇を思えば、いたたまれない気持ちになってくる。
ふと、熱を帯びたような視線を肌に感じ、私はアンソニー嬢の方へと目を向けた。
しかし、彼女は私の視線に気づいた瞬間、ビクッと肩を震わせ、あからさまに顔を背けて視線を逸らしてしまった。
(……これは、完全に嫌われてしまったな)
無理もない。いくら伯爵の命とはいえ、見ず知らずの辺境男爵家の武骨な男など、彼女にとって不本意極まりない相手に違いないのだ。
私は内心で深く溜息をつき、この縁談はいずれ相手方からの申し出で白紙に戻るだろうと、半ば諦めにも似た納得をしていた。
顔見せが一段落し、少女が侍女と共に庭の散策へと離れた時だった。
私の隣に、音もなくすっと寄ってきた影があった。
十歳の弟、レオだ。
相変わらず年の割に落ち着き払ったその三男は、アンソニー嬢の背中を見送りながら、どこか面白がるような声音で小さく囁いてきた。
「やりますね、兄上」
「……何がだ、レオ」
私が困惑して眉を寄せると、レオは淡々とした表情のまま、とんでもないことを口にした。
「アンソニー様、どうやら兄上をかなり気に入ったようですよ」
「は……?」
思わず間の抜けた声が口から漏れた。
私と一度も目を合わせようとせず、視線を向ければあからさまに逸らされ、口も利いてくれないあの少女が、私を気に入っている?
「ど、どういうことだ? どう見ても嫌われていただろう……」
困惑しきりの私に対し、十歳の弟は呆れたように小さく肩を竦めて続けた。
「なんですか兄上、ラノベの鈍感系主人公属性ですか?」
この弟は何を言っているのだろうか?
-----人物紹介-----
アンソニー・ベルトレ
人族・11歳
シエル伯爵家の令嬢
前シエル伯爵の嫡男の娘であり、本来の嫡流に連なる血筋を持つ
父と叔父を相次いで失った後、庶子から伯爵位を継いだ叔父リオン・ベルトレの庇護下で暮らしている
燃えるような赤髪を持つ可憐な少女で、勝気で芯の強い性格
風と炎、二つの精霊から加護を受ける稀有な才能の持ち主でもある
シエル伯爵家からグレリオ男爵家へ縁談が持ち込まれ、長男ライモンドの婚約者候補としてリオネルを訪れることとなった




