縁談Ⅰ
夏の終わりを告げる乾いた風が吹き抜け、西に傾き始めた陽光が、城砦の中庭にある訓練場を橙色に染め上げていた。
カン、キィィン――!
張り詰めた空気の中、甲高い金属の打ち合いの音が響き渡る。
砂埃が舞う訓練場の中央で刃を潰した練習用の金属剣を激しく交えているのは、私の二人の兄――ライモンドとロメロだった。
年を越して十六歳となり、無事に成人の儀を終えた二人は、少年から青年へと完全に脱皮し、その立ち姿には一人前の騎士すら呑み込むような風格が備わりつつあった。
柵の外からは、私だけでなく、従士の子であるシグルドや、屋敷の屈強な騎士たちがずらりと並び、息を呑んで二人の立ち合いを見守っている。
手合わせは、ロメロが攻め、ライモンドがそれを受ける形で展開していた。
踏み込みざまに放たれるロメロの鋭利な刺突、斜め上からの鋭い唐竹割り。思慮深い普段の物静かさからは想像もつかないほど、その太刀筋には迷いがなく、恐ろしいほどの切れ味を宿している。
だが、受けるライモンドの防御は盤石そのものだった。
大木のようにどっしりと構え、左手に構えた木盾と右手の剣で、飛来する斬撃を紙一重で弾き、流し、的確に無力化していく。
それでもロメロは怯まない。視線でのフェイント、足捌きによる死角への回り込み、ライモンドの反撃にも左手に持つ小型の盾で強引に間合いを潰して体勢を崩しにかかる。
観客の騎士たちから思わず「おお……」と感嘆の息が漏れるほど、ロメロの剣技は卓越していた。魔法の才に注目が集まりがちな彼だが、男爵家の男として恥じぬよう積み重ねてきた修練の密度が、その剣筋に歴然と表れている。
しかし――それでも、ライモンドには届かない。
いかなる揺さぶりにも微動だにせず、鉄壁の守勢を保ち続ける長男の姿は、まるで荒波を受け止める巨岩のようだった。
数合、火花を散らすような打ち合いを演じた後、ロメロが勝負に出た。
ダンッ、と砂を蹴ったロメロの剣が、鈍い燐光を帯びる。
武技――『ヘビーストライク』
空気を引き裂く重低音とともに、渾身の力技がライモンドの頭上へ振り下ろされた。
受けるライモンドも即座に反応する。左腕の盾を掲げ、同じく武技――『フォートレス』で迎え撃つ。
ゴォンッ! と鼓膜を震わせる鈍い衝撃音が訓練場に轟き、地面の砂が放射状に弾け飛んだ。
だが、これすらもロメロのフェイントだった。
盾に弾かれた反動をそのまま反転させ、本命たる横薙ぎの二連撃を、さらに武技を重ねてライモンドの胴へ向けて閃光のように放つ。
常人であれば反応すらできず、胴体を強打されてしまうような高速の連撃――!
しかし、ライモンドは一枚上手だった。
一撃目をわずかに引いた盾で受け止め、そして続くもう一撃を――武技を使ったあり得ない体捌きで見切ってかわしてみせたのだ。
連撃を空振りし、完全に体勢が崩れてがら空きになったロメロの脇腹。
そこへ、流れるような動作で繰り出されたライモンドの切っ先が、トン、と音もなく吸い込まれ、皮膚の一枚手前で寸分違わずピタリと止められた。
「……そこまで!」
審判を務めていた騎士の声が響く。
止めていた息を一気に吐き出し、膝に手を突いて呼吸を乱すロメロが、苦笑いを浮かべながら右手を挙げた。
「……参りました、兄上」
「ふぅ……危ないところだったぞ、ロメロ。最後の二連撃、見事な仕掛けだった」
ライモンドもまた荒くなった息を整えながら剣を引き、額の汗を拭って爽やかに笑いかけた。
そして、互いの健闘を称え合った後、兄として真摯な助言を送る。
「だが、勝負に出るのはいいが、少し捨て身が過ぎるな。反撃があることを最初から予想して、左手の盾をうまく使う方が良いかもしれない。そうすれば、かわされた後も即座に対処できたはずだ」
「なるほど……反撃を想定した盾の使い方、か。勉強になったよ」
納得したように頷くロメロと、的確なアドバイスを与えるライモンド。
二人のあまりに高次元な攻防とやり取りに、一同から一斉に感嘆の声と拍手が沸き起こった。
私の隣で身を乗り出して見ていたまだ成人前のシグルドも、目を丸くしてぽかんと口を開けている。
「す、すごいですね……! 若様たち、二人とも成人したばかりなのに、もう騎士顔負けじゃないか……!」
周囲が熱気と賞賛に包まれる中、私だけは訓練場の柵に肘を乗せ、勝負を終えた二人を何とも言えない目で見つめていた。
(……いやいや、おかしいだろ)
内心で、激しいツッコミと理不尽への嫉妬が渦巻いていた。
あんなの、もう完全にチートだろ。
武技を連発して高速で剣を振るい、それを武技で受け流して寸止めでカウンターを決める?
前世の知識だの、内政や経済の理屈だの言っている場合ではない。あの二人は純粋な戦闘の天才なのだ。
私がどれだけ理論をこねくり回して弓を引いたところで、あんな風に狙って武技を連続発動し、イメージ通りにピタリと当てるなんて芸当は逆立ちしたってできはしない。
そもそも練習してもあの狩りの日以来、あの武技は自分の意志で出せたことは一度もない。
生まれ持ったフィジカルエリートどもの理不尽なまでの才能の煌めきを前にして、十歳の私はただただ羨望と嫉妬のため息を深く吐き出すしかなかった。




