対面Ⅱ
あの審問会から一年が過ぎた。
この一年というもの、私の日常は輪をかけて慌ただしいものになっていた。ウェルマ村の統治に加え、父から言い渡されたのは「家令補佐」という非公式の役職だった。どうやらバルド老の目に留まってしまったらしく、領内全体の収支や開発の書類仕事にまで引っ張り出され、手伝いをさせられる羽目になったのだ。
そして十歳。貴族社会の慣例として、晴れて「社交界デビュー」を飾る年齢となった。
だが、よもや最初の社交の場が、公国を統べるヴァイシス公爵家の長男の誕生を祝う大夜会になろうとは。 正直なところ、面倒くささを隠すのに一苦労だった。
父や兄姉たちと共に馬車に揺られ、初めて足を踏み入れたグレリオ領の外の世界。
公都ノルデンは、想像していた以上に活気と富に満ちあふれていた。そして公国の権威を見せつけるかのようなノルデン城の威容と、その大ホールを埋め尽くす国内外からの貴客の数。
宴が始まって優に二時間を超えようというのに、賓客達の挨拶の波は一向に途切れる気配を見せなかった。
幸いだったのは、父アントニウスが公国においては辺境の小領主――男爵に過ぎないということだ。大貴族のように引く手あまたというわけでもなく、最低限の挨拶回りは早々に一段落した。それでも父や兄姉たちは、他の社交の場で知遇を得た顔見知りと楽しげに談笑を始めている。
(みんな見た目に騙されてるのか、レティーシャ姉様はとても人気なんだな。ライモンド兄もロメロ兄もモテモテじゃないか)
レティーシャのダンス相手の列を見ながら思考する。
(……やれやれ、さすがに疲れたな)
腹の探り合いと香水の匂いが充満する広間にこれ以上留まる気にもなれず、私は家族の輪をそっと抜け出し、少し外の空気を吸おうとバルコニーへ足を運んだ。
重い硝子扉を抜けた瞬間、初夏の冷涼な夜風が頬を撫で、火照った頭を心地よく冷ましてくれた。
広間の喧騒がふっと遠のく。
バルコニーの手すりに両手を置き、眼下を見渡す。眼前に広がっていたのは、公都ノルデンの壮大な夜景だった。整然と区画された石造りの街並みに、街灯や家々の窓から漏れる無数の灯火が瞬き、まるで地上に落ちた星屑の海のように夜の帳を照らし出している。夜間でも消えぬその光の群れは、この公国が誇る確かな繁栄と治安の良さを雄弁に物語っていた。
(なるほど、大した統治だ……)
街並みの構造や流通の効率に思考を巡らせていた、その時だった。
背後で、コツ、と静かに石床を踏みしめる気配がした。
振り返ると、そこには一人の青年が歩み寄ってくるところだった。
線の細い優美な体躯に、波打つ金髪と理知的な碧眼。二十代半ばといった年頃で、少々童顔に見えるのを隠すためか、薄く整えられた口髭を蓄えている。
青年は手すりに体重を預け、眼下の街並みを眺めながら、穏やかな声音で私に声をかけてきた。
「ノルデンはどうかな?」
その声、その顔立ち。
今夜、このパーティーが始まって真っ先に挨拶を済ませた、他ならぬこの城の主――ヴァイシス公爵その人だった。
(……なぜ、公爵がこんなところに?)
頭の中に湧き上がった巨大な疑問符を表情の裏へ押し殺し、私は即座に踵を揃え、公爵閣下に対する完璧な臣下の礼を取ろうと身体を折った。
すると、公爵は困ったように小さく首を横に振り、口元に柔らかい笑みを浮かべた。
「やめてくれ。私は昔から、そういう堅苦しいのは得意じゃないんだ」
そして、いたずらが見つかった少年のような瞳を私に向け、くすりと笑った。
「――たぶん、君もそうだろ?」




