怪物Ⅰ
男爵邸の食堂に並ぶ銀食器が、初夏の夕暮れの光を鈍く照り返していた。
私は、上座から静かに食卓を見渡した。
我が家の夕食の風景は、他家から見れば少々奇異に映るかもしれない。本来、貴族社会の厳格なしきたりにおいて、側室の子である庶子が嫡子と同じ食卓に並んで食事を囲むことなどあり得ないからだ。
だが、我が家ではそれが許されている。数年前に病で先立った愛妻カタリナの、「家族である以上、食事の時くらいは皆で揃って温かい食卓を囲みたい」という強い願いだったからだ。
カタリナは、私の側室であったマティルダとマルチェロの母が、マルチェロを産んで間もなく他界した時、残された二人を引き取り、我が子と分け隔てなく育ててくれた。
長男のライモンドに視線を向ける。
今年で十五歳。来年には成人を迎え、名実ともにグレリオ家の次代を担う後継者となる息子だ。背筋を伸ばして静かに肉を切り分けるその引き締まった体躯には、すでに一人前の武人の風格が漂っていた。剣術の腕前は家中にとどまらず、すでに近隣の領地にもその名が知れ渡るほどの実力を誇っている。性格も裏表がなく真っ直ぐで、領民や騎士たちからの信望も厚い。我が嫡男として、これほど誇らしい器はない。
その向かいに座る次男のロメロも、双子の兄と同じく今年で十五歳を迎えていた。
ロメロもまた、騎士として申し分のない剣の実力を備えながら、さらに稀有な「魔法の才」を開花させていた。知略と魔力を併せ持つその佇まいは物静かで思慮深く、直情的な兄を影から支える補佐役として、すでに頼もしい存在へと成長している。来年の二人の成人の儀が今から待ち遠しい限りだった。
そして、長女のレティーシャ。
今年で十二歳になった愛娘は、成長するにつれて亡き母カタリナの面影を色濃く宿し、その美しさに目を細めさせられる。相変わらずのお転婆で、今でも男たちに混ざって庭で剣を振るっているものの、家庭教師たちの指導の甲斐あってか、貴族の令嬢としての立ち振る舞いや作法もようやく身についてきていた。
そんな賑やかな兄姉たちの中で、空席の椅子がひとつある。
三男のレオナルドだ。
九歳になったあの子は、執政官見習いとしてウェルマ村へ赴任して以来、屋敷を留守にすることが格段に多くなった。たまに戻ってきても、休む間もなく書類に目を通し、すぐにまた村へと引き返してしまう。他のどの子よりも領地の経営というものが楽しくて仕方がないのか、並々ならぬ熱の入れようだった。
だが、あの村から聞こえてくる噂は、どれも驚くべき改革の話ばかりだった。
荒れ地の開墾、水路の敷設、四圃式農法による大増産、羊毛の産業化、果てはドワーフを招き入れての製鉄の試み――。誰にもできなかった大偉業を、わずか九歳の我が子が次々と実現させているのだ。親としては誇らしい以前に、「本当にあの子がやっているのか」と背筋が寒くなるような心配と戸惑いすら覚えてしまう。
先日も、アルヴァ難民を独断で受け入れたという嫌疑で男爵邸の大ホールにて審問会が開かれたばかりだった。公爵家の命に背いたとあっては庇いきれぬと胃を痛めていた私を前に、あの子が放った「働く技術と場所があれば難民ではなく移民である」「無秩序な受け入れなどしていない」という堂々たる反論。外務を司る宰相ゲオルグも舌を巻いたあの受け答えには、父親である私ですら度肝を抜かれ、目を丸くするしかなかった。
あの子も来年には十歳となり、貴族の子弟として正式に社交界へと足を踏み入れることになる。幼少期には「泣かずの子」「悪魔憑き」などと心無い噂を立てられ、不遇な扱いを受けることも多かったあの子が、これほど早く大人の政争の表舞台へ立つことになるのかと思うと、時の流れの早さを噛み締めずにはいられなかった。
ふと視線を食卓の端へと移す。
そこには、側室の子である二人が、ひっそりと身を縮めるようにして座っていた。
長女マティルダは今年で十四歳になった。
物静かで心優しい娘だが、口数が少なく、何事につけても遠慮がちだった。これまで父親である私に対し、何かをねだることも、わがままを口にしたこともただの一度もない。自分が正妻の子ではなく側室の腹から生まれた庶子であるという立場を、子供心に痛いほど理解し、弁えているのだ。
その弟のマルチェロも今年で十二歳。姉のマティルダの姿を見習ってか、やはり自分が庶子であることに強い引け目を感じているようで、食事中も常に視線を伏せ、気配を消すようにして静かにフォークを動かしていた。
(……この二人にも、もう少し子供らしく甘えてほしいものだがな)
胸の奥に、チクリとした痛みが走る。
父親としての本音を言えば、マティルダにもマルチェロにも、他の子らと同じように無邪気に笑い、わがままのひとつでもぶつけてきてほしいのだ。
だが、家臣や上級騎士たちの手前、嫡流と庶子の間の明確な一線を曖昧にするわけにはいかない。そこを甘やかせば、将来、誰かがいらぬ野心を抱き、家中を二分するお家騒動の火種を生み出しかねないのだ。領主としての立場が、父親としての情を押し殺すことを求めていた。




