召喚命令Ⅱ
初夏の陽光が差し込むわしの屋敷の広間は、まるで真冬の氷底のように冷え切った沈黙に包まれていた。
集まった面々は、わしを含めて六人。
腕を組み、眉根を寄せて佇む騎士パウロ様。
額に脂汗を浮かべ、落ち着きなく指を擦り合わせる従士ジェロット。
梁に届かんばかりの巨躯を小さく縮こまらせ、重苦しい息を吐く熊人族の古作長ゴンザ。
そして、この春に迎え入れられたばかりのドワーフの鍛冶師、ワーグナー技師。
やがて、コツ、コツと軽やかな足音が板敷きを鳴らし、扉が開いた。
最後に姿を現したレオナルド様が室内に足を踏み入れた瞬間、その場にいた全員の表情にピンと張り詰めた緊張が走る。
齢九歳。その小柄な身体から放たれる異様な落ち着きと威厳は、もはや大人たちを呑み込むほどだった。
「お待たせしました。……それで、領都からの書状には何と?」
若君の静かな問いかけに、わしは震える指先で羊皮紙の端を押さえ、乾ききった喉を鳴らしながらその内容を読み上げた。
「……執政官見習い、レオナルド・グレリオに命令違反の嫌疑あり。明日刻限までに、領都の男爵家屋敷へ出頭せよ、と……。内容は、ヴァイシス公爵閣下直々の命である『アルヴァ難民受け入れ停止令』を無視し、無断で越境者を引き入れた疑い、でございます」
読み終えた瞬間、室内の空気が一段と重く沈み込んだ。
公爵閣下の名。公国全体の頂点に君臨する大貴族の直命に背いたとなれば、ただの領内のお咎めでは済まない。最悪の場合、執政官見習いの解任や継承権の剥奪、投獄すらあり得る。
「……若君殿。申し訳ございません……!」
ワーグナー技師が悲痛な声を絞り出し、深々と頭を下げた。豊かな髭が床に届かんばかりに体を折り曲げ、その分厚い肩を悔恨に震わせている。自分たちドワーフやアルヴァ難民を受け入れたことが、若き主を破滅の危機に晒してしまったのだと、激しい自責の念に駆られているのは明白だった。
だが当のレオナルド様は、眉ひとつ動かしていなかった。
それどころか、まるで明日の天気の報告でも聞かされたかのように、涼やかな顔を保っている。
「若様……公爵閣下の命となれば、男爵様とて庇いきれぬかもしれませぬ……」
ジェロットが泣きそうな顔で主人を見上げる。
「いかに対処なさるおつもりですか。使者の口ぶりからしても、領都の空気は相当に険悪なはず。……何か策はおありで?」
騎士パウロ様ですら、険しい眼光を崩さぬまま、すがるように若君へと視線を注いでいた。
そして、かつては村の伝統に凝り固まり、余所者を頑なに警戒していたはずのゴンザだ。
天井を突くようなあの大男が、まるで世界の終わりでも迎えたかのように顔色を青ざめさせ、おろおろと一同の顔を見回して狼狽えている。この無骨な熊人族の男も、この二年間ですっかりレオナルド様に心酔しきっていたらしい。
(……無理もなかろう)
わしは禿げ上がった頭を撫で回しながら、胸の内で重いため息を漏らした。
わしとて、おそらく不安な顔を隠せてはいないだろう。
赴任当初は「子供の泥遊び」と高を括っていたこの老いぼれも、新農法、水路整備、羊毛の特産化、そして前代未聞の製鉄事業に至るまで、村を劇的に生まれ変わらせてみせたこの少年の常識ならざる力を、認めずにはいられなくなっていたのだ。
この若君がいなくなれば、いま芽吹き始めたウェルマの奇跡は一瞬にして砂上の楼閣と化してしまう可能性もあるのだ。
だが、部屋中の大人たちが絶望と恐怖に押し潰されそうになっている中で、ただ一人、九歳の少年だけが泰然としていた。
「後ろめたいことなど、何一つありませんよ」
レオナルド様は、まるで他人の噂話でもするかのような軽い調子でそう言い放った。
「明日、予定通り領都の男爵邸へ赴き、父上と領内の重臣たちに事の次第を説明してきましょう。皆さん、そんなに深刻な顔をしないでください」
それから若君は、まだやらなければならない仕事が山積みで忙しいのだと言わんばかりに、一同に笑みを送った。
「では、留守中の村の管理を頼みますね」
そう言い残すと、ひらりと外套の裾を翻し、何事もなかったかのようにあっさりと部屋を出て行ってしまった。
残されたわしたちは、開け放たれた扉をただ呆然と見つめるしかなかった。
嵐の渦中へと自ら飛び込もうとしているというのに、あの揺るぎない自信は一体どこから湧き出てくるというのか。
去りゆく小さな背中を見送りながら、わしはただ、この底知れぬ少年がもたらす風が村を吹き飛ばしてしまわないことを、神に祈るばかりだった。




