召喚命令Ⅰ
初夏の陽光が燦々と降り注ぎ、空高く昇った太陽がウェルマの台地を眩しく照らし出していた。
若様の傍仕えとしてこの二年を過ごしてきた私、オズモにとっても毎日見る目の前の光景は信じられない気分にさせられる。
剣の訓練を終えた私は木陰で額の汗を拭いながら、その圧倒的な光景を見渡していた。
レオナルド様がこの地に執政官見習いとして赴任してこられてから、早くも二年が過ぎた。二年前、石ころだらけの荒れ地が広がり、活気のない掘っ立て小屋がまばらに並んでいただけの寒村の面影は、今やどこを探しても見当たらない。
見渡す限りの畑地では、大麦や小麦の青々とした穂が初夏の風に波打ち、力強くすくすくと育っている。
休閑地をなくす四圃式農法の導入と水路の整備によって、耕作地の広さは当初の倍近くにまで拡張されていた。
さらに、新しく区切られた放牧用の草地には、最初はわずか二十頭だった羊も、羊毛の売却益を使って周辺の村や行商人から買い集めた結果、今では数百頭にまで増えていた。
春先に刈り取られた羊毛は、洗毛と選別の工程を経て上質な毛織物へと加工され、ウェルマ村の名を近隣領地にまで轟かせる一大産業へと急成長を遂げている。
畑や水路で行き交う人々の姿も、実に色鮮やかだ。
この村には今や、人族だけでなく、様々な獣人族、さらには鱗を輝かせるリザードマンや小柄なホビット、屈強なオークや器用な手先を持つゴブリンといった亜人種までもが、分け隔てなく同じ土地で鍬を振るい、汗を流している。
種族の垣根を越え、誰もが生きるために働き、その働きに見合った実りを得られる場所――それが、若様が創り上げたこの村の姿だった。
私より二つ年下の少年がこれを成し遂げたのだ。
村に満ちる恵みは、大地からだけではない。
近くの森からは、自警団による狩猟や採集によって新鮮な野獣の肉や毛皮、薬草や木の実が途切れることなくもたらされていた。
広場の端からは、乾いた木剣の打ち合う音と、腹の底に響くような号令が響いてくる。
「腰が浮いているぞ! 盾の構えを崩すな!」
父である騎士パウロが、厳しい表情で自警団員たちに稽古をつけていた。種族混成の自警団員たちは、父の叱咤に必死に喰らいつき、村を守る確かな武力を身につけつつある。
村の中央では、熊人族の巨躯を揺らすゴンザ殿が、大声を張り上げて荷車の手配や農作業の割り振りを忙しく差配していた。
執政小屋の窓越しには、山積みの羊皮紙と格闘しながら、若様の仕事を手際よく補佐する従士ジェロット様の丸っこい背中が見える。
その隣の学び舎からは、七歳になったテオドラが、小さな指で石板の文字を指し示しながら、集まった子どもたちに根気強く言葉を教えている朗らかな声が漏れ聞こえていた。
そして村の北側に新しく拡張された区域。
川に沿って立ち並ぶ炭小屋からは、もくもくと黒い煙が幾筋も立ち上っていた。
この春、関所から迎え入れたワーグナー殿らドワーフの技術によって始まった『製鉄』の事業が、試行錯誤の末にようやく軌道に乗り始めているのだ。
これが完全に成功すれば、ドワーフの鉱夫たちによってもたらされた最新の採掘技術で山から掘り出された鉄鉱石を、同じくドワーフの卓越した冶金術によって、村の中で直接、良質の鉄へと精錬できるようになる。
川の流れで大型水車を回し、その動力でふいごを連続駆動させる方法は、他ならぬ若様ご自身が出された奇抜なアイディアだった。
「村の土から鉱石を掘り、村の火で溶かし、村の鍛冶屋が打つ」
かつて大貴族の直轄都市や一部の鉱山都市でしか成し得なかった奇跡に近い偉業が、今まさに、この片田舎の小さな村の手だけで成し遂げられようとしていた。
(……すごい。本当に、若様は世界を変えてしまわれるのかもしれない)
若様の傍仕えとして、その奇跡の歩みを間近で見守ってきた私の胸は、村の輝かしい未来への大きな期待と誇りで満たされ、自然と高揚感に包まれていた。
――だが、その熱気と高揚を切り裂くように。
激しい地鳴りのような蹄の音が、村の入り口から響き渡った。
見張りの制止を振り切るようにして、砂煙を巻き上げながら村の大門を勢いよく駆け抜けてきた一騎の早馬。
鞍の上にいるのは、見慣れた平民の使者ではない。
グレリオ男爵家の家紋が刻まれた革鎧を纏った、領都からの正規の伝令騎兵だった。
馬の荒い鼻息と、跳ね上がる泥。
広場で談笑していた村人たちが驚いて道を開け、稽古をつけていた父や、執政小屋のジェロット様が怪訝そうに顔を上げる。
伝令の鬼気迫る表情と、その背負った革筒を目にした瞬間――私の胸の奥で弾けていた誇らしい高揚感は、すっと冷たいものへと変わり、名状しがたい微かな不安の影が静かに広がっていった。




