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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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ドワーフⅢ

関所砦の頑丈な木柵の前に足止めを食らってから、すでに三日が過ぎていた。

吹き抜ける北風は容赦なく肌を刺し、吐き出す息は白く凍りつく。 私は分厚い大盾の縁に手を置き、赤く熾きた焚き火の煙を見つめながら、背嚢の中の食料の残りを頭の中で数えていた。

残りわずか、保ってあと二日といったところか。


(二日前にワーグナーが関所の役人に託した手紙は、無事に届いたのだろうか……)


ウェルマ村の責任者宛てに送った書状。

近隣で技術者を求めているという風聞を一縷の望みとし、駄目でもともとで早馬に預けたものだ。だが、見ず知らずの流民の申し出など、門前払いにされるのが関の山だろう。

焚き火の周りでは、ワーグナーをはじめとする十数人のドワーフたちが、思い思いに時間を潰していた。

凍傷でかじかむ指先を火にかざす者、手持ち無沙汰に砥石で鑿の刃を研ぐ者、膝を抱えて浅い眠りに落ちる者。

過酷な冬の山越えを乗り越えてきた仲間たちの顔には、寒さと飢えによる疲労の色が濃く滲んでいる。


ギギギ……と、凍てついた蝶番が軋む重い音が響いた。

関所の通用門が開き、冷たい風を割って二つの人影がこちらへ向かって歩み出てくる。

私は即座に立ち上がり、大盾を引き寄せて戦斧の柄を握りしめた。

油断なく身構え、鋭い視線で警戒を露わにする。追手か、あるいは関所の兵が実力で追い払いに来たのか。

人影が近づくにつれ、その姿が露わになった。

一人は、見るからに歴戦の風格を漂わせ、腰に長剣を佩いた大柄な騎士。

そしてもう一人は――その騎士を従えるようにして前を歩く、上質な防寒外套に身を包んだ、まだ十にも満たぬ小さな少年だった。


「待て、グラーフ」


背後から立ち上がったワーグナーが、私の腕をそっと制した。

彼は一歩前へ出ると、大盾の陰から現れ、その二人の前で威厳を保ちながら名乗りを上げた。


「私はアルヴァ北部より参った、ドワーフの鍛冶師ワーグナー・バルガと申す。……ウェルマ村の責任者殿への面会を願いたい」


すると、前に進み出たその幼い少年が、静かに足を止めて口を開いたのだ。


「私がウェルマ村の執政官見習い、レオナルド・グレリオです。手紙を受け取り、急ぎ会いに参りました」


(……何だと?)


私は眉をひそめ、思わず少年をまじまじと凝視してしまった。

執政官見習い?

見習いとはいえ、この子供が村の代表だというのか。

隣に控える騎士の佇まいを見れば、ただの小間使いや従者でないことくらいは分かる。何よりその騎士が、微塵の侮りもなく、敬意を込めて少年の半歩後ろに控えているのだ。

信じがたい光景だった。公国の貴族の気まぐれか、それとも何かの冗談か。

だが、少年は名乗りを聞くなり、その淡い灰色の瞳を鋭く細めていた。


「……バルガ、とおっしゃいましたね。アルヴァ王国最大のドワーフ軍閥、バルガ氏族の方ですか。その一族の名を持つ鍛冶師が、なぜこのような国境までお越しに?」


少年の声音は穏やかだったが、その奥には明確な警戒の色が宿っていた。

子供とは思えない容赦のない問いかけ。

アルヴァにおいてバルガ族といえば、武力による権利主張を掲げる強硬派の筆頭だ。他領の治世を預かる身として、厄介な火種を抱えた軍閥の残党など、無条件で迎え入れられるはずがない。

ワーグナーもその警戒を痛いほど察したのだろう。彼は視線を逸らさず、逃げも隠れもせず、自らの出自のすべてを明かすように言葉を紡いだ。


「……おっしゃる通りです、若君殿。我らはバルガの出。族長ドゥラム・バルガは、私の実の兄にございます」


私は息を呑んだ。

身元を明かせば、それだけで間者や危険人物として追い払われるリスクすらある。だがワーグナーは、一族の誇りを捨てず、誠意をもって真っ直ぐに少年を見据えていた。


「兄は武力による決着を選びました。しかし私は、血で血を洗う争いではなく、他種族との共存と対話を望んだ。その結果、私は志を同じくする者たちとともに、一族を出奔いたしました。……後ろ暗いことは何もございません」


ワーグナーは深々と頭を下げた。


「ここにいる仲間は皆、鉱石の目利き、硬い岩盤を穿つ坑夫、そして鉄を打つ確かな技術を持っております。また、この横に控えるグラーフは、道中の守りを一身に引き受けてくれた頼もしい戦士です。……我らはただ、自らの腕を振るい、平穏に生きるための場所を求めているに過ぎません。どうか、我らとその家族を貴殿の村で受け入れてはいただけまいか」


切実な、魂を削るような嘆願だった。

冷酷に追い払われるか、あるいは足元を見られて奴隷同然の条件を突きつけられるか――私は息を詰め、大盾の柄を軋ませながら少年の返答を待った。

少年はしばらくの間、じっとワーグナーを見つめ、思案するように目を伏せた。

冷たい風が二人の間を吹き抜ける。

やがて、少年は顔を上げた。


「……事情は分かりました。ただ、あなた方の話をすべて鵜呑みにするわけにはいきません」


少年はそう前置きをしてから姿勢を正した。


「まず皆さんをウェルマへお連れします。住居と食事はこちらで用意しましょう。そのうえで、あなた方の技能と事情について改めて話を聞かせてください」


とりあえず飢えて死ぬようなことはなさそうだと安堵の思いが込み上げてきた。

私は安堵しながらも、改めて目の前の少年を見つめた。

年端もいかぬ子供なら、軍閥の名に怯えるか、逆にこちらの窮状に同情して安易に手を差し伸べるものだと思っていた。

だが、この少年は違った。

警戒すべきところは警戒し、疑うべきところは疑う。

そのうえで、今この場で凍え死にかけている者を見捨てることもしない。


(……なるほど)


私は、少年の半歩後ろに黙って控える騎士へ視線を移した。

あの男がこれほど自然に従う理由が、ほんの少しだけ分かった気がした。


-----人物紹介-----

ワーグナー・バルガ

ドワーフ族

アルヴァ王国北部を拠点とするバルガ氏族出身の鍛冶師

氏族長ドゥラム・バルガの実弟にあたる

鉱石の見極めから精錬、鍛造まで幅広い技術に通じ、バルガ氏族でも高い腕を持つ職人の一人として知られていた

武力による他種族との対立を深める兄の方針に反対し、同じ考えを持つ鍛冶師や鉱夫、その家族らとともに故郷を離れる

職人気質でありながら視野は広く、技術とは一族の誇りを示すだけでなく、人々の暮らしを豊かにするために用いるものだと考えている

アルビオンとの国境へ流れ着いたのち、ウェルマ村を預かるレオナルドと出会う


-----人物紹介-----

グラーフ

ドワーフ族

バルガ氏族に属する戦士

ワーグナーとは幼少期からの友人であり、氏族を離れた彼とその仲間たちを守るため、自ら護衛として同行した

分厚い大盾を用いる重装戦闘を得意とし、敵の攻撃を確実に受け止めてから反撃へ転じる、堅実な戦いを身上とする

寡黙で冷静沈着

危険な状況でも容易に動揺せず、自らが前に立つことで仲間を守ることを何より重んじている

華々しい武功よりも「守り抜くこと」に価値を置く、生粋の護り手

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