ドワーフⅡ
年が明け、私も九歳になった。
春を迎えれば、ウェルマ村の執政官見習いとしてこの地に足を踏み入れてから、丸二年が経過することになる。
空は重い灰色の雲に覆われ、吹き抜ける乾いた冬の風が頬を痛いほどに撫でていく。
雪こそ積もってはいないものの、霜が降りた地面は白く凍てつき、吐き出す息はどこまでも白かった。
だが、その肌を刺す寒さとは対照的に、村に満ちる空気は活気と熱気に溢れている。
村の様相は、二年前とは完全に一変していた。
当初は村の内側に細々と広がっていた直轄農地は、木柵の外側の荒地を切り拓いて大きく拡張され、今では整然とした四圃式の区画が幾重にも連なっている。
昨年の収穫増と余剰食糧を背景に、周辺から仕事を求めて移住してきた者や農奴の数も倍近くに膨れ上がっていた。
さらに、増えた人口と物資、そして村全体の治安を守るため、狼人族の狩人ウェイルドを中心に組織された『自警団』がしっかりと機能し始めている。
この組織には種族の垣根を設けていない。森の追跡や狩猟に適性のある者、弓や槍の筋が良い者を、人族、獣人、亜人の区別なく適材適所で選抜した混成部隊だ。ウェイルドの鋭い嗅覚と指揮のもと、近隣の魔物や魔獣、山野を徘徊する野盗といった危険をいち早く察知して未然に防ぎ、村の守りは極めて強固に保たれていた。
そして、オーカン一家が手がける牧羊も軌道に乗り始めている。
冬の間に刈り取られた良質な羊毛は、村の新たな特産品として芽吹きを見せていた。寒冷地での防寒具や毛織物の原料を求め、以前と比べれば行商人たちの出入りも目に見えて増えている。
ただの集落のようだった村は、いまや明確な経済圏を持つ領内でも有数の村に成長を遂げていた。
私は防寒用の毛皮の外套に身を包み、村の中央広場に新設された木造の小屋へと足を向けた。
隙間風を防ぐ漆喰が丁寧に塗られたその建物からは、幼い子どもたちの朗らかな唱和が漏れ聞こえてくる。
「ここは上から書くの。そうした方が形が崩れないから。もう一度なぞってみて」
引き戸の隙間から中を覗き込むと、炭火の炉を囲んで十数人の子どもたちが、平らな石板に白石で熱心にアルビオン共通語の文字を刻んでいた。
教壇に立っているのは、マッシュルームカットを揺らして甲斐甲斐しく机の間を回るジェロット。
……そして、その隣で石板の文字を指し示しながら、子どもたちへ丁寧に筆順を教えているひとりの少女の姿があった。
テオドラだ。
年を越して七歳となった彼女は、拾われた当時のぼさぼさの髪や痩せた姿が嘘のように、艶やかなグレーの髪をきれいに切り揃え、琥珀色の瞳を知的な光で輝かせている。
あの日、神官の古書から独学で言語を解読した「本物の天才」は、ジェロットから正規のアルビオン語と計算術を教わるや否や、わずか数ヶ月でそれらを完全に我が物としてしまった。
今では学ぶ側にとどらまらず、こうして村の子どもたちに文字や初歩の算術を教える立場に立っている。
農奴の子らに読み書きを教え、次代の実務人員を育てる――私の構想した初等教育の現場で、彼女はすでに欠かせない小さな指導者だった。
真剣な眼差しで子どもたちに頷いてみせる彼女の横顔を、私は思わず頬を緩めて見守っていた。
「レオナルド様」
背後から、革鎧を軋ませる足音とともに低く落ち着いた声がかかった。
振り返ると、防寒マントを羽織ったパウロが、白い息を吐きながら歩み寄ってくるところだった。
「パウロ。どうしたのですか?」
「先ほど、北の国境関所から使いが参りましてな。若様宛ての手紙を預かってまいりました」
パウロが懐から取り出したのは、乱雑に折りたたまれ、簡単な紐で結ばれた一通の書状だった。砦の公的な封蝋すら押されていない。
難民の越境受け入れは、公国法と領主裁量の境界が曖昧な問題だ。関所砦の砦長としても、表立って積極的に関与できる案件ではない。
こちらが身元を引き受け、働き口と住居を用意する者については、砦側も強く咎めない。その代わり、ウェルマからは余剰食糧を炊き出し用として運び込み、関所に滞留する難民の負担を少しでも軽くしている。
互いに明文化することのない、実務上の持ちつ持たれつというわけだ。
だが、その関所からわざわざ馬を走らせて手紙を届けてきたということは――。
「……関所に見過ごせぬほどの連中が流れ込んできた、ということですね」
「ええ。手紙を運んだ者によりますと、昨日から関所の外で足止めを食らっている難民の中に、アルヴァ北部から落ち延びてきたドワーフの一団がいるとのことです」
「ドワーフ……」




