ドワーフⅠ
炉の火すら凍てつくような、アルヴァ北部の容赦のない寒風が岩肌を叩きつけていた。
昨年の暮れ、鉛色の重い雪雲が頭上を覆う中、私は、部族の長たる実兄ドゥラム・バルガの私室で、赤く熾きた炭火を挟んで対峙していた。
私は四十代半ば、長命なドワーフの尺度では、ようやく一人前と認められ、なお腕を磨き続ける年代に過ぎない。アルヴァ王国でも有数の軍閥として知られるバルガ族の末弟として、私は槌を振るい、鉱石を吟味し、一族の誇り高き鍛冶の技を受け継いできた。
だが、その鉄と炎の誇りは、今や抜き身の刃となって血を求めようとしていた。
「……兄上。もう一度だけ、考え直してはいただけませんか。他種族との小競り合いを武力でねじ伏せたところで、待っているのは際限のない報復の連鎖だけです。我らドワーフの鉄器と武具の価値をもってすれば、話し合いによる解決の道も――」
「黙れ、ワーグナー」
低く、地底の岩盤を震わせるような兄の冷え切った声が私の言葉を遮った。
灰色の豊かな髭を蓄え、無数の戦傷が刻まれた強硬派の頭領――ドゥラムは、鉄の杯を乱暴に机へ叩きつけると、怒りを隠そうともしない眼光で私をねめつけた。
「話し合いだと? どの口がそれを抜かす。他種族どもが牙を剥き、同胞の血が流れているこの時に、言葉などという生ぬるい寝言を並べおって。我が意に従えぬ鍛冶屋など、部族には一人として要らん」
「兄上……!」
「黙れ! 今のバルガに、迷いを抱く腑抜けの居場所などない。お前のような手合いが集落にいれば、戦士たちの士気が鈍るわ」
ドゥラムは私に背を向け、炉の炎を見つめながら淡々と言い放った。
「目障りだ。お前のくだらん理屈に同調する鍛冶師や鉱夫の仲間を連れ、明日の夜明けまでに集落を出ていけ。二度とバルガの土を踏むな」
冷酷な追放の宣告。
激昂して食い下がる言葉を、私は喉の奥で必死に押し殺した。
背を向けた兄の、分厚い肩がわずかに強張っていた。
机に置かれた拳は、骨が浮き出るほど強く握られている。
(……兄上)
なぜ「私一人」ではなく、鍛冶師や鉱夫まで連れて行けと言ったのか。
なぜ処刑でも投獄でもなく、追放だったのか。
その理由を問いただすほど、私は野暮ではなかった。
兄は私を憎んで追い出すのではない。
兄の不器用で、痛ましいほどの真意に気づいてしまったからこそ、反論の言葉はすべて涙となって奥歯の間に消えていった。
「……お達者で、兄上」
私は深く頭を垂れ、一度も振り返らない兄の私室を辞した。
志を同じくする仲間と家族、十数名とともに、私たちは身の回りの道具だけを背負って集落を離れる準備を進めた。
凍てつく雪原への出発の朝、集落の外れの岩陰に、分厚い大盾と戦斧を携えた男が佇んでいた。
「……遅かったな、ワーグナー」
静かな声で白い息を吐き出したのは、幼馴染でありドワーフの戦士であるグラーフだった。
「グラーフ……? お前、どうしてここにいる。兄上のもとに残るはずでは……」
「道中の護衛だ。鍛冶師や坑夫ばかりの足取りでは、この荒れた冬のアルヴァを抜けられん。野盗や他種族の落人に背後を突かれれば、一溜まりもあるまい」
グラーフは感情を交えず、淡々と言葉を継いだ。
「ドワーフの戦術の基本は守りだ。敵の打ち込みを完全に受け止め、崩れた隙に一撃を叩き込む。……お前たちの旅路も同じだ。生き延びて目的地へ届かねば、何の意味もない。護衛なら、私が引き受けよう」
大盾の石突きを雪深き大地に静かに突き立てるグラーフの姿は、まるで風雪に耐える大岩のように揺るぎなかった。
冷静沈着で、何があっても動じない幼馴染の同行ほど、心強いものはなかった。
吹き荒れる猛吹雪、凍てつく雪原、幾度となく遭遇した略奪者や野盗の襲撃。
敵の刃を大盾でことごとく弾き返し、体勢を崩したところへ的確に戦斧を叩き込むグラーフの堅牢な戦いに幾度も救われながら、私たちは互いに肩を寄せ合い、一路、南の国境を目指して歩み続けた。
そうして年を越し、厳しい冬の終わりが見え始めた頃――。
寒さと疲労で限界に達していた私たちがようやく辿り着いたのは、アルヴァとアルビオンを隔てる、巨大な国境関所の門前であった。




