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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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狼と猿Ⅰ

アルビオンの冬は、アルヴァほど雪深くはない。それでも春秋に比べれば冷え込みは厳しく、ウェルマ村を吹き抜ける風にも、ようやくわずかな春の気配が混じり始めていた。

私は土手の上に立ち、腰の長剣の柄に手を当てて静かに村を見渡した。

レオナルド様がこの地に赴任してから、早くも一年が経とうとしている。


村の景色は、この短期間で劇的な変わりようを見せていた。

かつて泥水が滞留し、農民同士が小競り合いを繰り返していた水路は、ジェロットが引いた図面通りに直線的な幹線水路へと生まれ変わり、今や冬の雨と山地の雪解けを集めた豊かな水をさらさらと音を立てて畑の隅々へと送り届けている。春蒔きの麦の準備を進める農民たちの顔には、昨年の豊作の余韻と新たな農法による手応えが確かな明るさとなって浮かんでいた。


そして――見渡す畑の一角。

青々としたクローバーが生い茂る飼料作物の区画には、新しく頑丈な木柵が巡らされ、二十頭ほどの羊の群れがのんびりと草を食んでいる。

その柵の内側で、手慣れた仕草で羊たちを誘導しているのは、身軽な体躯をした猿人族の男だ。足元には、鋭い目つきで羊の脱走を見張る数頭の牧羊犬が従っている。


背後から、衣擦れの音とともに低く唸るような気配が近づいてきた。

振り返るまでもない。分厚い革鎧を身にまとい、背に大弓を背負った狼人族の男――ウェイルドだ。鋭い金色の瞳が、羊の群れを遠巻きに眺めている。

一方、柵の中で羊を数えていた猿人族の男――オーカンもまた、こちらの気配に気づくと、長い尾を不機嫌そうに小さく揺らし、冷え切った視線を投げ返してきた。

大人の二人は、互いに眉根を寄せながらも、辛うじて理性でその場をやり過ごそうとしている。


だが――子どもとなると、そうはいかなかった。


「おい、見ろよ! 狼の獣臭が風に乗ってきただけで、羊たちが怯えて飯を食うのをやめちまったぞ!」


柵の脇で、父オーカンの手伝いとして水桶を運んでいた十一歳の猿人族の少年、ウカンが叫んだ。

その視線の先――土手を下り、柵のすぐ脇を通りかかっていたのは、ウェイルドの息子である同じ年の少年、バウンドだった。

父譲りの灰色の毛並みと狼の耳を持つバウンドは、獲物を狩るための短槍を抱えたまま、ピタリと足を止めた。

牙を剥くことも、睨み返すこともない。伏し目がちに耳をペタリと倒し、静かな声で短く応じた。


「……すまない。すぐに離れる」


そう言って背を向け、足早に立ち去ろうとするバウンド。 だが、その一歩引いた態度こそが、ウカンの逆鱗に触れたようだった。


「待てよ! 逃げるのか!? なんだよそのツラは……! 謝りゃ許されると思ってんのか! この臆病者! 狼のくせに牙も抜かれちまったのかよ!」


背後から浴びせられる罵声に、バウンドは立ち止まりもせず、ただ肩をわずかにすくめて歩調を速めていく。

言い返してこない相手に対し、ウカンはますます苛立ちを募らせ、足元の泥を蹴り上げて罵り続けていた。


(……やれやれ、また始まったか)


私はこめかみを押さえ、深く重いため息を吐き出した。

この二つの家族――猿人族のオーカン一家と、狼人族のウェイルド一家は、昨年の暮れにレオナルド様が北のアルヴァ国境関所で引き抜いてきた、アルヴァ王国の難民たちであった。

直轄農地に導入した羊の飼育と管理、そして村の周辺の森で増え始めた害獣の駆除および狩猟。その専門の担い手を求めていた若君は、国境関所砦に逃げ込んできていた難民の中から、羊の扱いに長けたオーカンと、森の追跡・狩猟に卓越したウェイルドの二人に目をつけられたのだ。

レオナルド様自らが関所砦へ足を運び、砦長に対して「農地の開発に不可欠な人材である」「身元引受と監督責任はすべて私が負う」と筋を通し、砦へ炊き出し用として豊作で得た余剰食料を運び込み、二家族についてはウェルマ村で身元を引き受けることを砦長に認めさせたのだ。

手続きに奔走させられた身としては胃を痛めたものだが、こうして彼らを新しい村人として迎え入れることには成功した。


しかし、問題はこの二つの種族の因縁だった。

アルヴァ北東部では、猿人族と狼人族の集落同士が長く衝突を繰り返してきた。

大人のオーカンとウェイルドは、レオナルド様への恩義と生活の糧のために私闘を慎み、理性で抑え込んでいる。

バウンドにしても、種族間の争いを知りつつも先にあった猿人族の村への襲撃事件から猿人族への負い目や申し訳なさが先に立ち、決して衝突を起こそうとはしない。

だが、ウカンの方はその感情を抑えきれずにいるのだ。

何かにつけて突っかかり、相手が引けば引くほど、その態度が余計に気に食わないとばかりに敵意を燃え上がらせてしまう。


「そこまでにしろ、ウカン!」


私は土手の上から声を張り上げ、罵声を浴びせ続ける少年のもとへと歩み出た。


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