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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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天才Ⅰ

ウェルマ村に水路を通し、最初の種を蒔いてから、半年余りの歳月が流れていた。

村を包む風はすっかり冷たさを増し、秋の柔らかな日差しが黄金色に染まった大地を照らしている。

見渡す限りの畑地では、大麦の刈り取りに追われる農民たちの威勢のいい声が響き渡っていた。


(……悪くない滑り出しだ)


土手に立ち、収穫に沸く村の光景を眺めながら、私は小さく息を吐いた。

四圃式農法――いわゆる輪作サイクルの成否が完全に判明するのはまだ先のことだ。休閑地をなくした影響がどう出るか、本当の検証はこれからと言っていい。

だが、春に収穫した小麦、夏場に育てたカブ、そしてこの秋の大麦に至るまで、直轄農地の収穫量は上々と言える結果を残していた。水路の直線化による適切な配水と、ジェロットが差配した区画整理の恩恵は、確実に実を結び始めている。


この四圃式農法の要は、四つの区画の作付け時期と内容をずらす点にある。

全ての畑が一斉に同じ作物を育てるのではなく、ある区画が収穫を迎える頃には、別の区画でクローバーなどの飼料作物が青々と育っているように時期を調整するのだ。

そうすることで、年間を通して畑のどこかに必ず飼料作物が茂る状態を保ち、家畜を常に良質な草地で放牧し続けることができる。


私は踵を返し、村の端にある建物へと歩みを進めた。

かつて炭焼きが住んでいた古い丸太小屋は、この半年間のうちに手入れを施され、今では板壁の隙間風も塞がれて、立派な『執政小屋』としての体裁を整えている。

室内に入ると、簡素な机を囲んで二人の男が待機していた。

一人は、マッシュルームカットの茶髪を揺らし、すっかり現場の空気に馴染んだ従士ジェロット。

そしてもう一人は、天井梁に届かんばかりの分厚い巨躯を静かに屈めている、熊人族の古作長ゴンザ殿だ。


「レオナルド様、お戻りになられましたか」


ジェロットが手元の羊皮紙を掲げ、小太りの丸顔を満面の笑みでほころばせた。


「飼料作物の区画に入れる家畜の手配についてですが、領都の家畜商との折衝が完了いたしました。若様のご指示通り、まずは『羊』を二十頭ほど、いつでも村へ引き渡せるよう準備が整っております」


「ご苦労様、ジェロット。段取りが実に早いね。ある程度作物が育ったら入れられるように調整してください」


私は満足のいく笑みを返した。

豚などに先駆けてまず羊を選んだのは、排泄物による堆肥化や肉だけでなく、将来的に『羊毛加工』を村の重要な地場産業に育て上げたいという目論見があったからだ。痩せた土地で穀物の収穫だけに依存する経済はあまりに脆い。付加価値の高い毛織物や羊毛の交易ルートを敷くことこそが、この寒冷な国境地帯における持続可能な収益源になり得る。


だが、その順調な報告に、腕を組んでいたゴンザ殿が重い口を開いた。


「……若様。羊が手に入るのはありがてえんだが、一つ、困った問題がありましてな」


「問題? どうしたのです、ゴンザ殿」


「……農奴の中に、羊の世話がわかる者が一人もおりません」


大男の濁りのない黒い瞳が、困惑の色をたたえていた。


「うちの村の農奴は、代々鍬を振るって土を耕すことしかやってこねえ連中ばかりです。鶏を数羽庭先で飼うくらいなら誰でもできやすが、二十頭もの羊の群れを年中草地へ誘導し、病気を出さずに毛を刈り、敷藁の糞尿を上手に堆肥へ仕立てるような専門の知恵を持った奴が……どうしても見当たりませんで」


「なるほど……」


私は顎に手を当て、深く思案を巡らせた。

四つの区画を巡らせながら年中羊を放牧し、その糞尿で土を肥やすこのシステムは、生き物の健康管理が崩れれば一気に破綻する。


(いなければ、領都か他領から羊飼いを連れてくるしかないか……)


だが、よそから専門の者を雇い入れれば余計な経費がかかるし、外者を警戒しがちな村の農奴たちとの間に余計な摩擦を生むリスクもある。


「分かりました。家畜の管理については、少し私に考えさせてください。今日のところはこれで解散にしましょう」


「はっ」

「へい……」


二人が頭を下げて退出したのを見届け、私も一息つくために執政小屋の外へと出た。

外の空気はひんやりとしていて心地よい。

少し離れた広場からは、農奴の子供たちが駆け回る甲高い笑い声が風に乗って届いていた。藁を丸めたボールを追いかけ、泥だらけになって笑い合う幼い姿。

厳しい身分制度と痩せた土壌にあっても、子供の無邪気さは前世と何ら変わらない。その長閑な光景に、私の頬も自然と緩んでいた。


――だが、ふと視界の片隅に、その輪から外れた奇妙な影が映り込んだ。


粗末な農奴の掘っ立て小屋の軒下。

湿った土の上に、小さな少女が一人、膝を抱えるようにしてうずくまっていたのだ。

倒れているわけでも、怪我をして泣いているわけでもない。

泥で汚れた粗末な布を纏ったその小さな背中は、足元の何かを、瞬きすら忘れたかのようにただじっと見つめ続けていた。

その異質な集中力に、私の胸の奥に微かな直感が走った。

私は無意識のうちに、そのうずくまる小さな少女の背中へ向けて、静かに足を踏み出していた。

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