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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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絡み合う事情Ⅰ

 リオネルに比べるとアルヴァの秋の深まりは早い、ぬかるんだ泥を硬いブーツで踏みしめながら、私はアルヴァ王国の深く鬱蒼とした湿地帯を進んでいた。

 私の名はガナクス。法神トゥーロスの司祭にして、リオネル領軍の士官を務めるリザードマンだ。

 私は若き日より、父と共にノルテン公国内で迫害されがちな獣人や亜人たちの難民支援に奔走してきた。かよわき者たちが理不尽に虐げられるのを見過ごせない性分なのだ。そして今、異種族との融和と法による統治を本気で推し進める若き主君、レオナルド・グレリオ男爵に感銘を受け、リオネルの軍服を身に纏っている。

 今回、戦乱を逃れてリオネルへ保護を求めてきたリザードマンの『セリュール氏族』への交渉役に私が選ばれたのは、その経歴ゆえだろう。だが、同じリザードマンだからといって、簡単に話がまとまるとは思っていない。同族だからこそ、見ず知らずの人族の国家に属している私をどう評価するかは、彼ら次第だからだ。


「止まれ! ……お前は、何者だ?」


 セリュール氏族の集落を囲む土の防壁。その門前で槍を構えていた若い戦士たちは、私の姿を見るなり目を丸くして戸惑いの声を上げた。無理もない。彼らは人族の国から偉そうな人間の使者が来ると身構えていたのだろう。そこに、軍服を着た同族のリザードマンが現れたのだから。


「警戒を解いてほしい、同族の若者よ。私はリオネルの使者として遣わされたガナクスだ」


 私がなるべく穏やかな声で名乗ると、戦士たちは顔を見合わせ、やがて重い門を軋ませて開いた。

 だが、集落の中へ足を踏み入れた途端、私はその場の空気が異様に重く、冷え切っていることに気づいた。広場には多くの同族たちが集まっていたが、彼らの私を見る目は様々だった。同族が来たことへの驚き、人族に仕える者への警戒、そして何より――今にも爆発しそうな、鬱屈とした悲しみと怒りだ。


「……ご足労でしたな、使者殿」


 群衆の中から進み出てきた古傷のある初老の戦士が、吐き捨てるように言った。


「昨夜、族長が死んだ」


 私は息を呑んだ。

 話を聞けば、外敵の襲撃ではないという。リオネルへ支援要請を出すと決めた族長に対し、人族の庇護下に入ることを『誇りの喪失』として猛反発していた保守派。族長は昨夜、何者かによって殺害された。

 だが、犯人は分かっていない。広場の中央では、今まさに一触即発の言い争いが起きていた。


「だから言ったのだ! 人族に擦り寄ろうとするから、こんな諍いが起きる!」

「ふざけるな! 支援を拒んで、このまま外敵や奴隷狩りに飲み込まれて皆殺しになるつもりか!」


 怒号が飛び交う中、一人の若い牝のリザードマンが、族長の証である飾り槍を握りしめ、悲痛な顔で立ち尽くしていた。族長の娘、セルジ・セリュールだ。彼女は父の方針を継ぎ、部族を生き残らせようと必死に堪えているようだが、怒りに任せて武器を手にし始めた同族たちを止めることはできずにいた。

 このままでは、犯人探しという名目で、同族同士の血みどろの殺し合いが始まってしまう。


「――剣と槍を収めよ、誇り高きセリュールの民よ」


 私は広場の中央へ進み出ると、手にしていた法神トゥーロスの錫杖を高く掲げ、腹の底からよく通る声で呼びかけた。怒鳴りつけるのではない。法を説く司祭として、そして彼らの行く末を案じる同族として、深く重い声だ。


「怒りと悲しみに任せ、証拠なき断罪で同族の血を流すこと。それこそが、この集落にもたらされる真の滅びだ」

「人族の犬が、我らのことに口出しするな!」

「私は犬ではない。法神トゥーロスの司祭だ」


 血気にはやる若者の言葉を、私は毅然と、だが諭すように受け止めた。


「法と秩序なき裁きは、決して正義とはならない。お前たちが恐れているのは、外敵でも人族でもなく、明日の部族の姿が見えないことだろう」


 私の言葉に、反発していた者たちもわずかに動きを止めた。

 武器は下がった。だが、こちらへ向けられる視線から敵意が消えたわけではない。彼らとて、本当は同族と殺し合いたいわけではないのだ。ただ、行き場のない不安と悲しみに追い詰められているだけだ。


「今は犯人探しで殺し合う時ではない。族長を失った今、この集落の明日をどうするのか、どうやって皆で生き残るのか。それを決めるのが先決だ」


 私は錫杖を下ろし、悲しみに耐えながら立ち尽くす族長の娘、セルジへ真っ直ぐに視線を向けた。彼女もまた、私の言葉に縋るように、だが確かな意志を持って小さく頷いた。


「……リオネルからの提案は、お前たちが落ち着き、部族としての意志を確かめ合った後にしか行わん。私は待とう」


 私が静かにそう告げると、チャキ、と一人の戦士が槍を下ろした。それを皮切りに、一触即発だった両派は、不満げに舌打ちをしながらも次々と武器を下ろしていった。

 とりあえず、最悪の事態だけは回避できた。だが、彼らの不安が消えたわけではない。

 私は広場の隅へ退きながら、この頑固で誇り高いセリュール氏族を導き、本当の意味で彼らの未来を守るためには、私が何度も彼らの間に立ち、根気強く信用を勝ち取っていくしかないのだと、改めて覚悟を決めていた。

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