目と耳Ⅱ
春の陽光が、ノルテン城の豪奢なステンドグラスを通して大広間に色とりどりの光を落としている。厳かな空気に包まれた広間には、真新しい銀色の甲冑に身を包んだ若き騎士たちが、緊張の面持ちで整列していた。
この日、ノルテン公国軍の新たな剣となる者たちの『叙任式』が執り行われていたのだ。
列の最後尾に立つ私、シグルド・フォリナーは、柄にもなく少しだけ手のひらに汗を握っていた。リオネル男爵家に仕える従士の家系に生まれたとはいえ、私は家を継ぐことのない三男坊だ。そんな自分が、二十一歳にして公国の正規の騎士としてこの大広間に立つ日が来るとは、感慨深いものがある。
幼い頃の私は、統一王アーガレスのような英雄に憧れる、ただの腕白小僧だった。成人してすぐ、剣一本で名を上げるために家を出て冒険者となった。魔物討伐や泥臭い護衛任務で実戦経験を積み、状況に応じた立ち回りなら誰にも負けないという自負もある。それなりに名も売れてきた頃だった。
だが、私の故郷であるリオネル領は、劇的に治安が良くなってしまったのだ。強力な自警団の整備と領軍の強化により、冒険者がしゃしゃり出るような野盗や魔物の被害が激減した。
故郷が平和になるのは喜ばしいが、英雄を目指す冒険者としては食い上げだ。だから私は、冒険者として身を立てる事を諦め、より広い世界で人々を救うためリオネルではなくノルテン公国の騎士となる道を選んだ。血の滲むような訓練の末、こうして晴れて叙任の日を迎えることができたのだ。
「――これより、新任騎士への叙勲を行う」
式典を取り仕切る文官の声が響く。療養中であるというヴァイシス公爵閣下に代わり、今日この場で私たちに騎士の証を授与するのは、公爵の代理を務める若き家令だという。
静まり返った広間の奥から、足音が近づいてくる。現れたその姿を見て、私は思わず息を呑んだ。
淡い栗色の髪に、どこか冷やかで理知的な灰色の瞳。隙のない礼服に身を包み、堂々たる足取りで歩み出てきたその少年は、間違いなく私の幼馴染――レオナルド・グレリオだった。
(……若様じゃないか!)
私は内心で快哉を叫び、思わず顔をほころばせそうになった。主家の三男である彼と、従士の三男である私。身分は違えど、不思議と波長が合った私たちは、幼い頃から身分を越えた友情で結ばれていた。
共に森へ潜り込んでは泥まみれになり、手作りの木の剣を振り回して「統一王アーガレスの再来だ」などと笑い合った日々。彼が男爵位を継ぎ、公国の家令にまで上り詰めたという噂は聞いていたが、まさか自分の叙任式で再会できるとは。
(驚くぞ、若様。俺の顔を見たら、きっとあの頃みたいに目を丸くして笑って……)
レオナルドが、列の先頭から順番に歩みを進めてくる。若き騎士たちの前に立ち、一人ひとりの肩に剣の平を軽く当て、定型の祝辞とともに騎士の証である徽章を手渡していく。
やがて、私の目の前に彼が立った。
記憶にあるよりずっと背が高くなり、大人びた顔つきになっている。だが、間違いない。私の悪友であり、かつて『若様』と呼んだ男だ。私は期待を込めて、少しだけ胸を張り、彼の灰色の瞳を見つめ返した。ほんのわずかな目配せか、口元の緩みがあるはずだと信じて。
だが。
私に向けられたレオナルドの視線は、ひどく平板で、凍りつくほど無機質なものだった。まるで初めて見る路傍の石にでも接するかのように、そこには何の感情の揺れもない。
見知った友の顔を見つけた驚きも、懐かしさも、ただの一滴すら浮かんでいない。瞳の焦点は私という人間ではなく、ただの『新任騎士という記号』にしか合っていなかった。
「公国への忠誠と、騎士としての誉れを胸に、励まれるよう」
淡々と、機械のように抑揚のない声。彼の手が私の肩を剣で叩き、胸に徽章を押し当てる。その動作には一瞬の躊躇いも、旧友に向けた特別な間も存在しなかった。私の顔を真っ直ぐに見ておきながら、彼はほんの一瞥も残さず、まるで作業をこなすように次の騎士へと歩み去ってしまった。
「…………」
残された私は、胸の徽章に触れながら、なんとも言えない冷たい空虚感に包まれていた。
無理もないのかもしれない。彼が公国の家令として背負っているものは、ただの従士の三男坊である私の想像もつかないほど重いはずだ。それに、もう何年も前のことだ。公国の頂点に立つ男爵と、ようやく末席に連なったただの新米騎士。見ている世界が違いすぎる。あの森で泥まみれになって英雄の夢を語り合った日々のことなど、彼の中ではとっくに色褪せた、取るに足らない記憶になってしまっているのだろう。
(……俺のことなんか、もう覚えちゃいなかったか)
遠ざかっていく、冷たく威厳に満ちた背中を見つめながら。私は胸の奥を刺すような寂しさを噛み殺し、公国の騎士として、ただ真っ直ぐに前を向き直った。




