それぞれの目に映る貌Ⅰ
あの波乱に満ちた就任披露宴から数日。
ノルデン城の上層にある重臣評議室には、朝から重苦しい空気が淀みのように漂っていた。
窓から差し込む朝の光は白く冷ややかに石床を照らし、分厚い円卓を囲む諸侯たちの顔に深い陰影を刻んでいる。
卓を囲むのは、このノルテン公国の舵取りを担う面々だ。
神経質そうに薄くなった頭髪を撫で下ろすモンターニャ伯セルジオ・アンコーナ。
不機嫌そうに逞しい腕を組み、彫りの深い顔をしかめるレムノ辺境伯オズワルド・ロナー。
薄笑いを浮かべ、値踏みするように周囲の出方を伺うイストリア伯エドマン・クレーブン。
そして、猫背を丸めて薄暗い影に沈み、法神トゥーロスの法服の袖を弄ぶヘルベルト・グランベルク男爵。
百戦錬磨の曲者たちが放つ特有の威圧感のなかに、一人だけ場違いなほど若い顔があった。
十六歳になったばかりのリオネル男爵、レオナルド・グレリオ。
先日の宴で公国の家令に任じられ、次期公爵の教育係、果ては公爵令嬢との婚約まで電撃的に発表された渦中の少年である。
並の若造であれば、この錚々たる大貴族たちの射抜くような視線に晒されるだけで喉を詰まらせ、手足を震わせるところだろう。だが、少年は居心地の悪さなど微塵も感じていない様子で、羽ペンを静かに置き、平然と羊皮紙へ目を落としていた。
卓の下で足を組むでもなく、姿勢を崩すでもない。完璧に自然体なのだ。
(……まったく、大したものだ)
初めてこの最高意思決定の席へ座った十六歳が、なぜ六十三にもなった私より落ち着いて見えるのか。
少しは若者らしく緊張してくれた方が、見守るこちらとしてもどれほど安心できるか知れない。
私は手元の茶を一口すすり、小さく息を吐いて上座へ目を向けた。
そこには、公国の主たる公爵ヴァイシス・ルガーノ様が座しておられる。
ここ最近、体調が優れないと仄聞していた。
確かに以前と比べて顔色には青白さが混じり、頬の肉も僅かに落ちている。時折、胸元へそっと手をやる仕草も気にかかる。
とはいえ、整えられた金髪の下で煌めく碧眼の光は、以前と些かも変わらぬ鋭さを保っていた。
「では、これでマルケン公国との件はよろしいですかな」
私の重々しい問いに、一同が静かに頷いた。
西隣の友邦たるマルケン公国との国境問題は、大方の妥協点を見出してようやく沈静化の兆しを見せている。
両公国の国境の大部分を占めるのはセルジオの治めるモンターニャ伯領だが、当のアンコーナ家と国境の向こうを治めるサビオ伯家は、昔から水利や交易路を巡って血生臭い小競り合いを繰り返してきた因縁がある。
四年前にはそれが両公国軍を動かす一触即発の危機へまで拡大した。
我が弟子であったアントニウスが、不可解な陣中暗殺によって落命したのもその最中のことだ。
セルジオとサビオ伯の間で和平こそ成立したものの、それ以来途絶えていた使節の往来や共同の催しを、ようやくかつての正常な形へ戻せそうなところまで漕ぎ着けた。宰相として、まずは一つ胸を撫で下ろす。
「では、次だ」
ヴァイシス様が手元の羊皮紙をカサリと置かれた。
室内の空気が一段と張り詰める。
「リオネルで行われている農業改革について話したい」
途端に、円卓の何人かの顔が僅かに険しく歪んだ。
……早速来たか。
「リオネルでは輪作と鉄製農具の普及によって、農業生産が劇的に伸びている。それ以外にもいくつかの産業で目覚ましい成果が出ていると報告を受けている」
ヴァイシス様の怜悧な視線が、円卓の端に座るレオナルドへ向けられた。
「余はこれを、リオネルだけの成果で終わらせるつもりはない。公国全体の国力増強へ繋げたいと考えている」
公爵家の権力基盤を強固にする中央集権の号令だ。
案の定、真っ先にこれへ食ってかかったのは、分権派の筆頭たるセルジオだった。
「お待ちください、公爵閣下!」




