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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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篭絡Ⅱ

 ノルデン城の大広間を満たす空気は、華やかな弦楽の調べとは裏腹に、張り詰めた硝煙の匂いすら孕んでいるように感じられた。

 壁面を飾る金糸の豪奢なタペストリー、煌びやかなシャンデリアが投げかける無数の光の粒。美酒を片手に談笑する貴族たちの笑顔の裏で、幾重もの計算と謀略が交錯している。


 新任家令の披露宴でありながら、次期公爵の教育係就任、さらには公爵令嬢との電撃的な婚約発表――。

 の波乱に満ちた夜会の中心で、弟レオナルドの背後に控える私は、渦巻く思惑を前に額へ冷たい汗を滲ませていた。

 公都の政治というものは、領内の政務とはまるで勝手が違う。


 壇上の中央で絶対的な存在感を放つのは、我が主たるノルテン公爵ヴァイシス・ルガーノ閣下だ。

 今年でちょうど三十歳を迎えられた。流れるような見事な金髪に、すべてを見通すような碧眼。細身の長身に纏う豪奢な礼装がよく似合う美男子だ、その統治手腕は極めて安定しており、公国の中央集権化を着実に推し進める「公爵派」の君主である。近頃は体調を崩しがちと聞くが、その眼光の鋭さは些かも衰えていない。


 その傍らに立つのが、公爵の血を色濃く受け継いだ二人の子どもたちだ。

 長女のベアトリーチェ様はまだ十一歳。腰まで届く見事な金髪と澄み切った碧眼を持ち、社交界ではすでに「ノルテンの至宝」と形容されるほどの気品を漂わせている。今宵、我が弟レオナルドの婚約者として発表された少女だ。突然の身分違いの婚約にも取り乱さず、気高さを保ち続ける姿には舌を巻く。

 そして、手を引かれて降りてきた長男のボナペントゥーラ様は、まだあどけない六歳の少年だ。同じく美しい金髪碧眼の利発そうな面立ちだが、今宵よりレオナルドが教育係を務めることとなった次期公爵の最有力候補である。


 この公爵家を取り巻く諸侯たちもまた、一筋縄ではいかない手練ればかりだ。


 会場の最前線で露骨に不快感を滲ませ、取り巻きを従えているのが、モンターニャ伯領主セルジオ・アンコーナ。

 五十という節目を迎えたその男は、神経質そうに薄くなった頭を撫で下ろし、陰では「ハゲネズミ」と揶揄される容貌の持ち主だ。だが侮ることは到底できない。ノルテンでも最も肥沃な領地を握る「分権派」の最有力貴族であり、己の権威と権力に対する執着は公国一と噂される。弟の抜擢を最も苦々しく睨み据えている。


 そのモンターニャ伯と広間の対角線上に陣取り、あからさまに距離を置いているのが、レムノ辺境伯オズワルド・ロナー。

 四十代の前半という男盛りの年齢だが、鍛え抜かれた巨躯と鋭い眼光は歴戦の傷跡とともに生粋の武人然とした凄みを放っている。公国軍の将軍の一人であり、政治の駆け引きは苦手と公言する分権派の実力者だが、同じ派閥でありながら私利私欲に走るモンターニャ伯とは犬猿の仲として知られている。亡き父アントニウスの戦友でもあり、先ほどレオナルドを値踏みするように言葉を交わしていた。


 両派閥が火花を散らす中、中央で静かに杯を傾けている白髪の老紳士が、バルバナ・トルミーノ侯爵だ。

 御年六十三歳。公爵家の分家であり、かつては公国軍の将軍も務めた大重鎮である。老人然とした枯れた風貌ながら、その双眸には百戦錬磨の知性が宿る。特定の派閥には属さず、公爵派と分権派が正しいバランスで拮抗してこそ公国に真の安定がもたらされると信じる、公国きってのバランサーと聞く。


 そして、その重鎮たちの間を軽やかな足取りで遊泳しているのが、イストリア伯領主エドマン・クレーブン。

 四十代半ばの男盛りの色気を漂わせ、社交的で洗練された身のこなしを見せる、なかなかの伊達男だ。分権派と公爵派のどちらにも明確な足場を置かず、両派の間を巧みに渡り歩いている食えない男と言われている。


 さらに、男たちの権力闘争に独自の毒と彩りを添える者たちもいる。


 真紅のドレスで豊かな胸元を惜しげもなく露わにし、男たちを惑わせているのは、パドヴァ領主レイナ・アルセリナ女男爵。

 二十五歳という若さにして誰もが息を呑む妖艶な美女でありながらいまだに未婚と聞く、極めて優れた政治手腕を誇る分権派の気鋭のようだ。貴族社会において「女性の権利拡大」を堂々と主張する女傑と噂の人物。今まさに、弟レオナルドへ艶然とした笑みを向けて接触を図っている。


 その華やかなアルセリナ卿とは対照的に、広間の薄暗い柱の陰で冷ややかな視線を放っているのが、法神トゥーロスの司祭位を持つヘルベルト・グランベルク男爵。

 三十代半ばの男だが、猫背で小柄な体躯と陰鬱な雰囲気が、実年齢以上にねじくれた印象を与えている。分権派に属し、厳格な法の番人と聞くが、あまり良い話は聞かない。法を用いて他者を縛り上げ、精神的に追い詰めることを愉しむ、サディスティックな裏の顔を持つと噂されている。


 ため息が漏れる。

 三十歳の冷徹な君主、五十歳の老獪な権力者、四十代前半の歴戦の武人、六十代の老練な長老、四十代半ばの策士、二十代半ばの美貌の女傑、そして三十代半ばの冷酷な法官。

 ノルテン公国の権謀術数が渦巻く伏魔殿。

 そのただ中に、弱冠十六歳にして放り込まれた弟レオナルド。


 だが、当の本人はといえば――群がる貴族たちを前に、完璧な外面の笑みを浮かべ、少しの動揺も見せずに立ち回っている。

 本当にたいした弟だ。

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