中央へⅡ
公都ノルデンの貴族街に新しく構えられた、グレリオ家の男爵邸。
窓から差し込む陽光に照らされた中庭を見下ろしながら、私は身にまとった使節用の正装の襟元を正した。
ノルテン公国の中央において「家令」という内務の重職を拝命した弟レオナルドが、中央での活動拠点とするためにあしらえた邸宅である。
一介の地方男爵が構える屋敷としては、いささか立派すぎると言える豪奢な造りだった。日頃から無駄を嫌い、質素実直を好むあの弟にしては珍しい贅沢だと思ったが、当の本人は薄く笑ってこう言い放ったものだ。
『政治の世界では、実体以上に己を大きく見せるハッタリもまた重要な武器ですから。舐められたらその時点で交渉の主導権を失いますよ』
まったく、底知れない弟だ。いついかなる時も客観的に物事の損得を計算し尽くしている。
今夜、ノルデン城の大広間において、弟の家令就任を祝う大規模な宴が開かれる予定となっている。
公国中の諸侯が集い、新任の若き家令を値踏みしようと目を光らせる。本来であれば兄として傍らに立ち、背後を固めるべき場なのかもしれない。だが、私にはそれ以上に重要な任務が課せられていた。
ここ数週間、その旅立ちと外交交渉の準備に忙殺されていたのだ。
「では閣下、予定通り中央大陸のアグリアス公爵へ目通りし、二年にわたる技術交流の返礼と、ワーグナー技師たちの無事な帰参を果たしてまいります」
執務机に向かうレオナルドへ、形式通りの恭しい一礼とともに告げる。
書類から顔を上げた弟は、公私を分けた主君の表情から、ふっといつもの柔らかい身内の顔を覗かせて苦笑した。
「すまない、兄上。本当は今夜の宴にも同席してほしかったのですが……領の政務も立て込んでいますし、何よりアグリアス公爵家とはせっかく結べた貴重な伝手です。今後とも友好的な関係を強固にしておきたい。そのあたりの差配、どうか頼みましたよ」
「ああ、任せてくれ」
叔父であるゲオルグの補佐として外務の仕事を手伝う機会が増えていたとはいえ、海を越えた他国の大貴族へ直々に赴く外交使節など、私にとっては初めての大役だ。
自然と背筋が伸び、身の引き締まる思いがする。
だが同時に、これはあの弟なりの深謀遠慮なのだろうとも察していた。私に他国の大舞台を踏ませ、外交官としての経験と実績を積ませようとしてくれているのだ。
振り返れば、ここ一年余りで私の役回りは大きく変わった。
リオネルの対外的な折衝に深く関わるようになり、公務で忙殺される弟の名代として、領内の様々な催しや会合に代理として出席する機会も格段に増えた。かつての日々からは想像もつかないほど、確かな充実感がある。
……私は、父アントニウスの側室の子、いわゆる庶子だ。
幼い頃から自らの立場を弁え、決して表舞台に出ることもなく、日陰の身として生涯を終えるのだろうと諦め半分に生きていた。やり場のない鬱屈を晴らすように、ただ無心で剣の鍛錬に打ち込んだ時期もある。
私もまた父アントニウスの血を引く武門の男だ。人並み以上の剣技は修めた自負はある。だが、大陸へと旅立った長兄ライモンドの圧倒的な武勇を見せつけられれば、己の腕など所詮は未熟だと痛感せざるを得なかった。
そんな宙ぶらりんだった私に、誰でもない弟レオナルドが「居場所」を与えてくれたのだ。
かつて、弟は穏やかな瞳で私にこう告げてくれた。
『言葉を選び、常に道理を重んじて思考できる兄上は、きわどいバランスの上に天秤が揺れるような舞台こそ、最も力を発揮できるお方です』
あの言葉が、どれほど私の心を救い、誇りを与えてくれたことか。
(……見ていてくれ、レオナルド)
今はこの弟のために働き、その描く未来の一端を支えることこそが、我が命の使い道であり使命なのだと確信している。
弟の背負う重荷を少しでも分かち合うため、私は遥かなる中央大陸、港湾都市リューベルへと堂々たる足取りで踏み出す覚悟を固めていた。




