少年の終わりⅢ
幼い頃、野盗の一団に捕らえられた日のことは、今でもうっすらと覚えている。
ハーフダークエルフ――浅黒い肌に白の髪、そして緋色の瞳を持つ混ざりものの娘。人買いに引き渡せば、物好きな貴族の慰み者として高く売れる。そんな下卑た嘲笑を浴びせられながら、私は粗末な木の牢の中でただ震えていた。
師と出会ったのは、その野盗の隠れ里だった。
師といっても、その時の年齢は五つか六つほどだったと思う。私の年齢の半分ほどの小柄な子供。
けれど、牢の隙間から見えた光景は、幼い私の理解を完全に吹き飛ばした。
その小さな少年が、わずか一本の刃を手に、十数人いた屈強な野盗たちを一人残らず屠ってしまったのだ。返り血を浴び、無機質に転がる死体の合間を歩く姿は、まるで死神そのものだった。
牢の中にいる私に気づいた師は、血に濡れたナイフを握り直し、足音もなくこちらへ歩み寄ってきた。
(ああ……ようやく、私もお母さんと同じところに行けるんだ)
恐怖ではなく、安堵があった。あの時の私は、ただ死にたかったのだ。
けれど、振り上げられた刃は、私の細い首筋のわずか手前でピタリと止まった。
「――死にたいのか?」
恐ろしく冷たい、感情の削ぎ落とされた声。
そんな幼い子供が口にしていいはずのない声色に驚きながらも、私はこくりと小さく頷いた。
師は酷く不快そうに舌打ちを鳴らすと、手首を返して私の両手を縛っていた荒縄を一息に断ち切った。
「今のお前のその感情が、いかに手ぬるいものだったか教えてやる。死んでもいいと思うなら、その覚悟でついてこい」
私は転がるように牢を出て、師の小さな背中を必死になって追いかけた。
それから始まった日々は、おそらく常人なら「地獄」と形容する訓練の連続だったのだと思う。
七年ほど続いただろうか。
殴られ、裂かれ、毒を呷り、気配を消し、急所を抉る術を叩き込まれるうちに、いつしか「死にたい」などと考えなくなった。
――違う。「生きたい」とも思わなくなったのだ。
心が摩耗し、何も感じなくなった。
感情を失った私は、師と共に淡々と仕事をこなすだけの道具となった。
顔も知らぬ誰かの命を奪う仕事。
どんな顔の人間を殺したのか、終わればその場ですぐに忘れてしまう。何人殺したかも、数えたことすらない。
リンクスの港を出た馬車は、石畳を軋ませながら、領都リオネルの輪郭へと近づきつつあった。
揺れる車内では、私の「師」と、かつては仕事の標的だったはずの少年が、低く言葉を交わしている。
なぜ師がこの少年の命を奪うのをやめたのか、詳しい理由は分からない。
知りたいとも思わなかった。殺すなら殺す、やめるならやめる。命令を受け、遂行する。私にとってはそれだけのことだったからだ。
少年は、どこか胸の内を痛めるような苦い色を瞳に宿し、少しの前置きを挟んでから口を開いた。
「……確認だけ、させてほしい。私の父、アントニウスを殺したのは……君たちなのか?」
誰だろう。
名前を聞かされても、私の記憶の引き出しには何一つ引っかかりはしなかった。
けれど師は、一切の躊躇もなく淡々と頷いてみせた。
「…………」
少年は、胸の奥底から絞り出すように深く、重いため息を吐き出した。
しばしの沈黙ののち、少年は師の瞳を真っ直ぐに見据えて、念を押すように告げた。
「その件は――死んでも、誰の前でも口にするな」
師は何も言わず、ただ小さく首肯した。
馬車が領都の外縁に差し掛かり、街道沿いにある共同墓地の横を通過した時のことだった。
秋の冷え込む風の中、木々の合間でささやかな葬儀が執り行われているのが車窓から見えた。
軍人の葬儀なのだろうか。
リオネルの私兵、確か「自衛隊」と呼ばれている組織の軍装を身にまとった、身分の高そうな大柄な男が、沈痛な面持ちで列に加わっている。
少年が窓の外に目をやり、「パウロ……」と微かに呟いた。
そして、何かに気づいたように言葉を漏らす。
「そうか……今日だったか」
誰に問いかけられたわけでもないのに、少年は車内に立ち込める重苦しい空気を振り払うように、自嘲気味に呟いた。
「先の西方砦の戦いで亡くなった、二名の兵の葬儀なんだ。……もっと早く戻れていれば、私も参列できたのかな」
申し訳なさそうに眉を寄せる横顔。
私は、ぼんやりと窓の外の葬列を見つめていた。
死んだ人を、弔う。
……もし、私が死んだら、誰かがこうして弔ってくれるのだろうか。
そんな意味もない感傷。
棺を担ぐ人々のすぐ後ろを、俯きながら蹌踉と歩く二十歳ほどの若い女性の姿があった。
黒いベールに覆われたその肩は、痛々しいほど小さく震えている。おそらく、亡くなった兵の伴侶なのだろう。
残された、家族。
彼女は今、胸の内で何を思い、何を悼んでいるのだろうか。
何も感じないはずの胸の奥が、ほんのわずかに、かすかに疼いたような気がした。




