国外追放Ⅲ
大広間に響き渡ったアンソニーの凛とした声は、私の耳を疑わせるに十分だった。
レオと、我が婚約者である彼女が手を組んでいた――?
驚きに思考が奪われたのは、ほんの数瞬のことだった。
なぜ二人が裏で通じ合っていたのか。答えはすぐに胸へと落ちてきた。
(……私を、救うためか)
私はグレリオ家の長男として生を受けた。
だが、政務の才に長けた双子の弟ロメロや、前代未聞の知恵で領地を劇的に富ませていく末弟レオナルドを見るにつけ、己が領主の器でないことなどとっくに思い知らされていた。
亡き父のような武勇に長けた将軍に憧れ、軍人として清廉潔白であれと己を律し、武芸の修練に打ち込んできた。だが、政治の泥臭さや人の醜悪な野心から目を背けたその頑迷さは、結果として奸臣に付け込まれる最大の隙となったのだ。
私がもっと利発で、周囲の思惑を鋭く見抜ける男であったなら。ゼノスのような邪な野望を抱く者が、私を神輿に担ぎ上げる隙など与えなかったはずなのだ。
悔恨と恥辱に苛まれる私の前で、上座のレオナルドが困惑を露わにしながら、必死に言葉を継いだ。
「姉上……私は最初から兄様を断罪するつもりなどありません。兄様が反乱を企てたわけではないことは、すでに明らかです。カノ村へ向かわれたのも、暴走する騎士たちを止めるためだったのですから……」
レオナルドは私の無実を周囲に弁明していた。
家族としての情から、末の弟が頭を下げて私を庇おうとしている。
だが――それだけは、決して許されないことだった。
(いけない。ここで私を不問にしてしまえば、レオが掲げてきた『法と平等の理』が死んでしまう……!)
身内だからと首謀者を不問に付せば、先刻、爵位を奪われて追放されたゼノスたちとの帳尻が合わない。家中の者たちも、領民たちも、表には出さずとも法への不信を抱くだろう。
新しく生まれ変わろうとしているリオネル男爵領の礎に、私という甘えの亀裂を入れてはならないのだ。
理屈を組み立てるより先に、私の口から言葉がほとばしり出た。
「――待ってくれ!」
私は膝を突いたまま上体を起こし、レオナルドとロメロを真っ直ぐに見据えた。
「レオナルド、私の罪は動かしがたい事実だ。意図がどうあれ、私の名の下に軍が動き、領民を恐怖に陥れ、血が流れた。ここで私を不問にすれば、処分された騎士たちも、家中の者たちも決して納得すまい。示しがつかぬのだ」
「兄様、それは……!」
「頼む、レオナルド。私にも、厳罰を命じてくれ」
私の唐突な申し出に、ロメロもレオナルドも困惑に顔を見合わせ、言葉を失っていた。末席のアンソニーも、切れ長の瞳を微かに見開いて私を見つめている。
だが、これだけは断じて譲れなかった。長男としての最後の意地であり、何より、愛する弟たちが築き上げようとしている新しい秩序を守るための、私の責務だった。
広間を重い沈黙が包み込む。
石畳に拳を突き、頭を下げ続ける私の頑なな決意を汲み取ったのだろう。
やがて、深く息を吸い込む気配の後、レオナルドの凛とした声が頭上から降ってきた。
「……分かりました。ではライモンド兄上、五年間――リオネル領の土を踏むことは許しません」
顔を上げると、レオナルドは泣き出しそうな瞳を伏せ、懸命に毅然とした態度を保っていた。
永久追放ではなく、たったの五年。 どこまでも甘く、どこまでも寛大な、弟からの温情だった。
だが、私の心は不思議なほど晴れやかだった。
五年。己の世間知らずと甘い考えを徹底的に鍛え直すには、十分すぎる時間だ。
グレリオの名も通じぬ、誰も私を知らない見知らぬ異国の地で、一人のただの武者として泥を啜り、己を一から叩き直してこよう。
「……拝命いたします」
私は深く頭を垂れ、胸の奥で静かに誓いを立てた。
次にこの地へ戻る時は、弟たちの背中を揺るぎなく支えられる、真に強い男になってみせると。
-----人物紹介-----
アンソニー・ベルトレ
15歳
シエル伯爵家の令嬢。前シエル伯の孫娘であり、現シエル伯リオン・ベルトレの姪
グレリオ男爵家長男ライモンドの婚約者
鮮やかな赤毛を持つ、行動力のある女性。思ったことを胸にしまっておくことを好まず、言うべきことははっきりと言える性格
炎と風、二つの精霊から加護を受けた精霊使いでもあり、精霊魔法の扱いに長ける
前シエル伯の嫡男を父に持つベルトレ家の嫡流であり、家中には彼女を支持する者も少なくない
シエル伯軍によるリオネル侵攻以前から、密かにレオナルドと連絡を取り合い、リオンの動向を伝えるなどの協力を行っていた
シエル伯軍敗北後は自らリオネルへ赴き、戦後処理の場で婚約者ライモンドの助命を嘆願する




