国外追放Ⅱ
弟レオナルドが熱狂の渦巻く領都へと凱旋した翌日、西方カノ村に留まっていた兄ライモンドは、反乱に荷担した騎士たちを伴い、一切の抵抗をすることなく自衛隊へ投降した。
兄の身柄が城砦へ送致されるのを待ち、直ちに戦後処理の裁定が下される運びとなった。
凱旋から三日後。秋の冷気が忍び込むリオネル城砦の大広間には、重臣や文官、主だった武官たちが居並び、針を落としても聞こえるほどの張り詰めた沈黙が空間を支配していた。
上座の当主代行の席に座る私の傍らに弟レオナルドが立ち、私は羊皮紙を広げ、まずは侵略の元凶たるシエル伯リオンへの処分を読み上げた。
「――シエル伯リオン・ベルトレ。グレリオ家における家督継承への不当介入、ならびに大軍を率いての不法なる領土侵犯。これらの重罪に鑑み、当男爵領の手に拠る処断は行わず、上位領主たるヴァイシス公爵閣下の御前へ身柄を引き渡すものとする」
縄目を打たれて床に膝をつくリオン卿は、ここに至っては抵抗の術もないと悟ったのか、悔しげに奥歯を噛み締めて押し黙るばかりだった。だが、ふと顔を上げたその男の視線が、広間の末席に静かに腰掛けている一人の人物を捉えた瞬間、憎悪と殺意の入り混じった鋭い光がその双眸に宿った。
その視線の先にいたのは、前伯爵の孫娘――アンソニー嬢だ。叔父の破滅を予見し、和平使節として単身乗り込んできた赤髪の姫君は、リオンの毒気に当てられることもなく、冷ややかにそれを見返していた。
リオン卿が兵に引き立てられて退場すると、入れ替わりに反乱騎士たちが広間の中央へ引き出された。
先頭に立つゼノスをはじめ、息子ユーゲルら数名の騎士たちが、かつての傲慢さを完全に削ぎ落とされた姿で石床へ深々と首を垂れる。
「――反乱に荷担せし騎士諸名に対し、これより裁定を言い渡す。騎士爵位の剥奪、ならびに領外追放に処す」
冷厳に告げると、ゼノスらの肩が小さく震えた。死罪を覚悟していたのだろう。私は視線を落とし、レオナルドが事前に定めた条文を続けた。
「ただし――罪は一身に留め、一族郎党への連座は一切問わぬ。家族を伴って領外へ退去することも、家族のみをこの地に残すことも咎め立てはせぬ。また、諸卿の保有していた荘園は男爵家が適正価格にて買い上げ、残された家族への生活給付金に充てるものとする」
広間の重臣たちから、微かなざわめきが漏れた。
他領の軍勢を引き入れた叛逆者に対する処分としては、あまりにも寛大に過ぎる。
慈悲――そう呼ぶこともできるだろう。
だが、その裁定によって反乱騎士たちは命を救われる代わりに爵位と土地を失い、男爵家は彼らの荘園を合法的に取り込むことになる。残された家族には生活の道を残し、復讐の理由も与えない。
弟は誰の首も刎ねずに、旧来の騎士勢力を領内から切り離そうとしていた。
ゼノスは顔を床に擦り付け、絞り出すような嗚咽を漏らしながら退出していった。
そして――最後に、長兄ライモンドが姿を現した。
かつて誰よりも堂々たる体躯を誇っていた武門の誉れは見る影もなく、頬は痩せこけ、身につけた平服の裾を汚した痛々しい姿だった。
兄は無言のまま、我々の前まで歩み寄ると、重い音を立てて石畳へ両膝を突いた。
「……ロメロ、レオナルド。我が身の不明により、他領の軍を招き入れ、領地を戦火の危機に晒した。……すべては、私の至らなさが招いた罪だ。いかなる処罰も甘んじて受ける」
低く掠れた声で、静かに頭を垂れる。
その姿を見下ろしながら、私は胸を締め付けられる痛みを覚え、傍らに立つレオナルドへと視線を向けた。
弟もまた、酷く苦しげな色を瞳に宿し、両手を固く握りしめたまま視線を落としていた。 情を捨てきれぬ家族としての思いと、三百二十名の命を預かる領主代行としての責任が、十四歳の少年の心を激しく引き裂いているのが痛いほど伝わってくる。
その重苦しい沈黙を切り裂くように、家中の法と秩序を司る老宰相ゲオルグが、一歩前に進み出た。
「……ライモンド様。たとえご自身が望まれぬ神輿であったとしても、貴方様の名を大義として他領の軍勢が越境し、領内に血が流れた事実は覆りませぬ。反乱を企てた罪はなくとも、その責を一切問わぬという裁定もまた、家中に示しがつきませぬ」
ゲオルグの言葉は、冷酷ではあっても統治者として完全に正論だった。何らの責任も問わず兄を赦せば、法が死ぬ。
レオナルドが意を決したように顔を上げ、唇を開こうとした――まさにその時だった。
「――お待ちくださいませ」
広間の天井にまで凛と通る澄んだ声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
広間にいる全員の視線が一斉に注がれる。
末席から静かに立ち上がり、優雅な所作で中央へと歩み出てきたのは――シエル伯家のアンソニー嬢だった。
ドレスを揺らし、兄ライモンドの斜め後方に立った彼女は、居住まいを正して毅然と告げた。
「私は此度の戦において、事前にレオナルド様と示し合わせ、密かにその指示に従って協力を行ってまいりました。ディバール卿が従軍せずに済むよう、また処刑されることのないよう働きかけ、リオン卿の動向をお伝えしてきました……我が働きに功を認めていただけるのであれば――その対価として、私はライモンド様の助命を、この場にて強く嘆願いたします」
「……なッ!?」
声にならぬ衝撃が、私の喉を塞いだ。
耳を疑い、思考が白く焼き切れる。
アンソニー嬢と……レオナルドが、事前に結託していた……!?
シエル伯が攻め寄せる前から、この二人は裏で手を結び、すべてを仕組んでいたというのか?
呆然と目を見開く私と同じように、広間に控える重臣たちも、そして頭を垂れていたライモンド兄様すらも、息を呑んで驚愕の面持ちでレオナルドを見つめていた。




