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異世界の政 ~持続可能な異世界で、元総理が気づけばまた政治をしているわけですが~  作者: 五号戦車


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国外追放Ⅰ

領都の輪郭が視界に捉えられるよりずっと手前、街道沿いに広がる田畑の畦道にまで、溢れ返った人垣が土埃の先に揺らめいていた。

見渡せば、かつて荒れ地と痩せた土壌が目立っていた街道の両脇には、灌漑用水路の整備と輪作の導入によって見事に区画整理された美しく肥沃な農地がどこまでも連なっている。青々と茂る秋野菜の畑や黄金色の刈り株の合間から、農民たちが鎌や鍬を手に駆け寄ってくるのが見えた。自らの手で土を耕し、豊かさを実感し始めている彼らにとって、他領の侵略を押し返した自衛隊の存在は、生活そのものを守り抜いた絶対の防壁にほかならないのだろう。


「リオネル万歳!」「グレリオ家に栄光あれ!」「レオナルド様! レオナルド様万歳ッ!」


割れんばかりの叫びが、波となって隊列を揺るがす。

民衆の熱狂とは、背筋が寒くなるほどに現金で、そして恐ろしい。

十倍の侵略軍を打ち破ったという「勝利」のわかりやすさに、彼らはただ酔いしれ、無邪気に熱烈な賛辞を浴びせてくる。だが裏を返せば、ひとたび期待を裏切り敗北の烙印を押されれば、この歓声はそのまま鋭利な石となって投げつけられるのだ。

権力を行使する者に大衆の支持が不可欠であるという現実は、前世の近代国家も、この血生臭い異世界も何ら変わりはない。


私は馬上から努めて穏やかな微笑みを湛え、小さく手を振って彼らの熱狂に応えてみせる。内臓の底にまだ重く蟠る戦場の泥臭さを、完璧な「若き領主代行」の仮面で覆い隠しながら。


隊列が頑丈な石造りの外門をくぐり、領都の中へと進み出ると、街の変貌ぶりが改めて視界を埋め尽くした。

舗装が施され、ぬかるみの消えた幅広の目抜き通り。

木造長屋の合間には、煉瓦造りの新しい商家や工房が目立つようになっている。

街道の要衝として商業特区を設けて以来、他領からも多くの商人や職人が流入し、街の規模はここ数年で倍以上に膨れ上がっていた。

その二階の窓という窓から、色とりどりの布が振られ、麦の穂や秋の野花が紙吹雪のように舞い落ちて、兵たちの甲冑を華やかに飾り立てていく。


自衛隊の行進は、領都の心臓部である商業区の大広場へと差し掛かる。

円形に設計された広場の中心には噴水が勢いよく水を噴き上げ、周囲には露店がひしめくように立ち並んでいる。今や領内の物流と富の集積地となったその大広場が、身動きも取れないほどの人いきれで埋め尽くされていた。老若男女を問わず、誰もが胸を張り、勝利の誇らしさを全身で謳歌している。


大広場を横切り、いよいよ城砦へと続く緩やかな石畳の坂道へと差し掛かった。

かつては馬車一台が通るのが精々だった狭く険しい坂道も、防衛と物資輸送の効率化を見越して幅を広げ、堅牢な石材で敷き直したルートだ。坂の両脇に築かれた石壁の上からも、町民たちが身を乗り出して手を叩いている。

頭上高くそびえるリオネル城砦の白亜の尖塔が近づくにつれ、沿道の人垣の密度はいよいよ限界に達し、反響する声援の地鳴りは鼓膜を震わせるほどの最高潮に達した。


その狂騒の只中、ふと視界の端が引っかかった。

大通りから一本折れた、商家と石壁の隙間に伸びる薄暗い路地の陰。

建物の深い軒下に寄り添うようにして、奇妙な佇まいの影が一つ、石畳の上に落ちていた。

深く被った旅用のローブが全身を覆い隠しているが、布地越しにも分かる華奢な輪郭は女性のそれを思わせる。確実に女だと断定できるだけの証拠はない。だが、熱狂に身を乗り出す周囲の群衆とは完全に隔絶した、あまりにも冷え切った異質な静寂を纏っていた。


なにより、私の足を止めかけたのは、その暗がりの奥から覗く視線だった。

深く垂らしたフードの底、影の狭間から放たれる、濡れた柘榴のような真紅の光彩。

蠱惑的でもあり、同時に魂の底を覗き込まれるような禍々しさを孕んだその双眸が、馬上にある私の瞳を逃さず射抜いていた。


(……何者だ?)


思考が硬直したのは、ほんの刹那のこと。

まばたきを一つ挟んだ次の瞬間、路地の影はただの湿った薄暗がりに戻り、その人物の姿は幻のように掻き消えていた。

幻覚だったのか、それとも――。


胸に生じた小さな棘を解きほぐす暇もなく、隊列は城門へと滑り込む。

頭上で太い鉄格子が跳ね上げられ、外門をくぐり抜けた瞬間、背後からひときわ裂けんばかりの歓声の地鳴りが叩きつけられた。

重厚な木門が軋みを立てて閉じ、狂騒が遮断される。

私は馬首を止め、見慣れた城砦の中庭を見上げた。

こうして、私は血の臭いと消えぬ問いを抱えたまま、リオネル城へと帰還した

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